何者でもない自分を何者かにする方法


 

 

 

 

ある時点で、何者でもない人が偉そうなことを書いても全く相手にされない状態がある。

 

それでも、その時点で何者でもない人が、何者かになるためには、何者かであるかのように振る舞い続ける以外にない。
何者かになった幾人の人達は、同じようなことを語ってくれるわけだが、
結局、その内容は、基本的には、何者かになった後に目にすることがほとんどで、
何者かになった人の語っていたものとして受け取られていることになる。

 

世の中のほとんどの人達は、何者かになる前に、
何者でもない自分が、何者かのように振る舞い続けることは出来ない。
100人のうち99人以上は、何者でもない自分を、
信じ続けることが出来ず、何者でもない自分のままの自分を受け入れていく。
すでに著名になったような人達のブログ、コラム、メルマガ、インタビュー、書籍など、
様々なチャネルで、様々な情報に触れるものの、
実際には、そちら側に回る人と、こちら側のままでいる人との差は、
ほとんどの場合、「実行」しているか否かではないかと思う。
つまり、「実行」を「続ける」ことが出来たかどうかということになる。
33歳の僕は、今更ながら、「続ける」ことに固執している。
誰にでも出来る当たり前のことを、誰にもできないくらいに徹底してやろうと決めている。
所詮は、言葉の遊びであって、誰と比較するかによって、
「当たり前」という基準さえ、「当たり前」ではなくなってくる。
ただ、夢ばかり大きく、理想を語り続けてきた今までの人生は、
決して、順風満帆なものではなく、むしろ、20代前半に、思い描いていたようなステージに、
全く辿りつけていない、自分の有り様を疑うしか無いような状況にあると思っている。
しかしながら、それが功を奏したと言うことも出来る。
自分が考えていること、自分が信じていることなんて、
どれだけ間違っていることなのか、と前向きに自分を疑うことが出来る。
つまり、素直に、謙虚に、周囲の様々なことから学ぼうと思うことが出来ている。
もちろん、あらゆるものに迎合しようという意味ではない、
自分らしさ、自分の信念を大切にしながらも、
自分が思い描く未来を実現するために、
昨日より今日、今日より明日のスタンスで、向き合っていこうという話である。
33歳の自分が、5年後、10年後に、
何者かであるために、僕は、繰り返し、繰り返し、
理想に向かって、挑戦し続けようと思っている。
失敗することを恐れず、
何事にも立ち向かい、学び、次に繋げようと思っている。
何者でもない自分を何者かにするためには、
なりたい自分を描き続け、決してあきらめず、「実行」を「続ける」
そして、「学び」、次に繋げていくべきだろう。
人生を楽しもう。


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