実現したいこと、ワクワクすること、理想、仮説が世界を創る。


 

 

本書を読んでいてU理論や全脳思考を思い出しました。出来そうなことを思い描くのではなく、おもいっきりワクワク出来るイメージ(理想)を描き、逆算して、創造するということ。

 

俗にいう、アントレプレナーにとってのビジョンみたいなものとも近い感覚ですが、本書では、そのような理想、ビジョン、実現したいことを「仮説」と呼び、その「仮説」が世界を創って来たし、これからも創っていくのだ、ということを主題に、佐渡島さんの哲学、思想、スタンス、仕事術などを交えて、語られています。

 

今の僕にとって、非常に共感できる箇所が多く、なんとなく思い描いていたことを、分かりやすく言語化してもらい、喉のつかえが取れたような気がしました。 そして、これからの取組みの中で、どうしても大切にしていきたいこと、すでにフォーカスしてきたつもりですが、より一層、強化していきたいことに、『カスタマーとの親近感を創ること』というものがありました。

 

 

””なぜ人は「練り込まれたプロの文章」よりも「友だちのくだらない投稿」のほうがおもしろいと思うのか? そのことを数ヵ月間くらい考えていたわけですが、ある日ふと「人って『おふくろの味はやっぱり美味しい』なんてことを言うな」と思いました。なぜ、おふくろの味は美味しいのか? これは身近な人のSNSの投稿と同じ理由なのではないか?つまり「美味しさ」というものは絶対値があるわけではなくて、「関係性」の中で決まるのではないか。同じように作品の「おもしろさ」というものも絶対値ではなく、関係性の中で決まるのではないか、という結論に至りました。ぜんぜん知らないプロの文章よりも「おもしろい」と感じるのです。 おもしろさというのは〈親近感×質の絶対値〉の「面積」だったのです。人によって感動の度合いは異なる これからのコンテンツビジネスは、「いかに親近感を持ってもらうか」が課題になってきます。どれだけファンと接点を持つかが大切になってくるのです。””

 

 

すでに先進的なC向けネットサービス事業者の中には、このような戦略(顧客との間に親近感を創る)を確立させ、リソースをしっかり張っている方々もおられるのですが、僕達もまた、今まで培ってきたネット上の顧客サービス(生身感みたいなもの)を、より一層、強化していこうと、年末に誓ったばかりでしたが、改めて、決意新たに、集中していきたいと思います。

 

 

【抜粋】

 

孤独を解消するには、「好きなことを話し合える相手がいる」ということが、少なくともぼくにとっては重要でした。ぼくは、作家と出会って、感情をシェアすることで孤独を解消できたのです。

 

ドイツの詩人シラーは、「友情は喜びを2倍にし、悲しみを半分にする」と言っていますが、この言葉は永遠の真理です。語り合う仲間がいると、おもしろさは2倍、3倍になっていくのです。

 

● 物理的な距離を縮め、効率的にするITサービスは、どんどん開発されている。その一方で、心的な距離を縮めてくれるサービスはまだほとんどないのではないでしょうか。よって、感情をシェアすることもできず、心は満たされません。

 

「ITを使って心的距離を縮め、感情をシェアするサービスを生み出すことで、同じ嗜好を持った人びとが集まるコミュニティが生まれるだろう。そうすれば、作家は、誰にも読まれないのではないかと怯えることなく、作品を作れるようになるはずだ」

 

 

「自分が言ったアイデアについて、まわりの人間が全員『それはないでしょう』と反対したときこそ『このアイデアの素晴らしさに気付いているのは世界で自分だけだ!』と逆に興奮する」と。それを聞いてぼくも深くうなずきましたが、他の経営者も何人かが「自分も同じだ!」と賛成していました。

 

● なにごとも「定義する」訓練を積むことで、自分なりの仮説を生むことができるようになるのです。

 

ぼくの世界の見方はシンプルです。 まずは変わらないもの(本質)を見つけること。そして、日々起きる変化の中で、何が大局の変化で、どれが一時的な文化や習慣にすぎないのかを「宇宙人視点」で見つけることです。長期的な変化が何なのか。それを予測し仮説を立てることです。

 

人々の物欲が減る中で、どうすると心が満たせるのか? ぼくは「共感」がキーワードだと考えます。「背景にあるストーリーに共感するからモノが欲しい」という時代になってきた。

 

● アナログが温かくて、デジタルが冷たいと考えがちですが、実際はその逆だったのです。デジタルの中で、人間的な付き合いが生まれるようになってきていて、その関係性がすごくおもしろい。そう感じているところです。

 

● 自分というものは、他人によって引き出される存在です。だから「本当の自分」というものは存在せず、「子どもと接しているときの自分」も「かしこまっているときの自分」も、すべてが「自分」なんだという考え方が、「分人主義」です。

 

● 平野啓一郎さんは「愛とは何か」ということも分人主義で定義しています。「相手の何か」が愛おしいというよりも、その「相手といるときの自分」「相手によって引き出される分人」が好き、というのが「愛」なのではないか。心地いい自分、落ち着く自分を引き出してくれるから、その相手が愛おしく、それが「人を愛する」ということだ、と定義しているのです。

 

人生における「居場所」の大切さ 人生において「居場所を見つける」ということは、すごく重要です。 会社を探す、仕事を探すというのも、根本的には「居心地のいい場所を探す」ということではないでしょうか。

 

 

● 「アリババ」というECサイトが、ここまで成功している理由のひとつは、サイト上でお店の人とチャットを通じて話せるからです。「これって割引できる?」というような会話を、24時間いつでもお店の人とチャットできる。だから魅力的なのです。

 

ネットでも結局、「対面」が大切になってくる。日本のECサイトだと、問い合わせのメールアドレスをなんとか探し出して、そこへメールを出さないとお店の人とコミュニケーションを取れません。

 

「仮想対面」で、顔はお互いに出さなくても、画面の向こうに「人の温度」を感じると、現実と同じようにECサイトでもモノを買うようになるのです。

 

単発の仕事を延々と繰り返すことで目標に近づくのは、どれだけ精神力があっても足りません。ある仕事をすると、次の仕事につながる。そういう「連鎖を生み出す仕事」であれば、やる気も自然と継続するでしょう。いかに自分がやる気を継続させられるような仕組みを作るか、ということが重要なのです。

 

● 一流のマンガ家、一流の経営者に会っていると、いつも同じ感想を持ちます。 ふとした会話のときに、「そんなところまで見ていたのか!」と思うことがすごく多いのです。ふつうの人が気付かないようなちょっとした「歪み」や、ほとんどの人が見落としてしまうような「美しさ」に一流の人たちは気付きます。

 

● 観察力がある人は、努力すれば必ず表現力を身につけることができます。でも、その逆に、いい観察ができない人は、継続していい表現をすることはできません。

 

● 観察力は基礎力です。語学ならば、語彙みたいなものでしょう。語彙が増えれば増えるほど、文法がいい加減でも話せる話題が広がっていきます。

 

● 観察力が上がっていくと、同じものを見ていても、他の人とは違う、ものすごく濃密な時間が過ごせるようになっていく。風景にしても、世の中の出来事にしても、人の心にしても、目に見えない微妙な変化やおもしろさに気付くようになります。その段階に入った作家は、みるみるうちに一流へと駆け上がっていきます。

 

● ぼくらは普段、ちゃんと見ているように思っても、ほとんど何も見えていないのです。あとで「さっき、何があった?」などと聞いてみても、漠然としか記憶していないでしょう。そのことを意識することから、観察は始まります。 私たちのほとんどは、「見たいものしか見ていない」のです。「現実をほとんど見ていない」ということを理解できたとき、観察力は上がっていくでしょう。

 

 

● 実効性のあるアイデアは、すぐには思いつきません。かといって、まとまった時間をとって集中して考えても思いつかない。ただ、思いつかなくても、問題ないのです。その問いかけを毎日やり続けることが重要です。毎日、考えていると、いろいろな情報が頭の中で急に結びついて、いいアイデアが出てくるときがあるのです。

 

 

 

 

 

 

● 自分を、自分の意志というものを信じないようにすることが大切です。多くの人は「自分だったらできる」とか「自分が本気出せば不可能はない」といった自分の半分しか見ていません。いい面だけを見ようとする。「自分はサボる」「自分は集中できない」「努力が続かない」という弱い部分は見ていないものです。

 

● 努力を続けられるような習慣を保つためには、自分に刺激を与えてくれる環境に身を置き続ける必要がある。ぼくはそう考えます。

 

 

 

 

● アランの『幸福論』の中で、共感した言葉があります。 「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。気分にまかせて生きている人はみんな、悲しみにとらわれる。否、それだけではすまない。やがていらだち、怒り出す。ほんとうを言えば、上機嫌など存在しないのだ。気分というのは、正確に言えば、いつも悪いものなのだ。だから、幸福とはすべて、意志と自己克服とによるものである」

 

実は、自分が「おもしろい」と思うことは、自分にとって新鮮なだけなのです。自分がおもしろいと思っても、世間には「よくわからない」と思われて終わりです。それよりも、自分では飽きていておもしろくないと思っていること。そういうことは、自分の中で何度も考えられ、熟成されたことなので、世間にとっては発見であることが多いのです。

 

正直に自分が思ったことを言うことは、人間関係をつぶしてしまう「リスク」だと捉えている人も多いでしょう。しかし、他人と率直なコミュニケーションをせずに、自分の心の中でも率直なコミュニケーションが取れなくなることこそが一番の「リスク」です。

 

● 自分にウソをつかないことのメリットはもう一つあります。「記憶のコスト」が低くなるということです。 その場の空気で調子を合わせていると、「自分がどこで何を言ったか」を記憶しておかなければいけません。たくさんの案件を同時進行で動かしていると、自分がどのような基準で、どう判断したかを記憶することは、すごく大変な作業になります。

 

 

● 相手と信頼関係を築き、一緒に同じ目標に向かっていることを確認し合っていれば、正直な感想は、相手が自分を客観視する手助けとなり、感謝されるはずです。

 

●「家族には『仕事だから仕方ないんだよ』って言いたくないんです。自分にとっては、マンガと向き合ってる時間が、もっとも楽しい遊びをしている時間で、仕事ってつもりじゃない。ずっと遊んでいて申し訳ないって感じです」と答えるのです。この答えを聞いたとき「好きを仕事にする」ことの強さを感じました。

 

 

 

 

● マイナスの案件を片付けると、手元には楽しいことだけが残ります。すると、ワクワクすることなので、勝手にのめり込む。「自分が勝手に働くような仕組み」を自分で作っているわけです。 こういう状況にできれば、仕事を仕事と思わないようになる。つねに「手元にやりたい仕事しかない状態」にしておくと、毎日が自然と楽しくなっていくでしょう。

 

 

 

最高に楽しむためには、まわりを楽しませなくてはいけません。「自分が楽しい」をとことん追求すると、結局は「利他」に行きつきます。 だから、使命感をぼくは重視せず、むしろ自分が楽しむことが「結果的に」使命を果たすことにつながるのではないか、と考えているのです。

 

 

 

 

 

 


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