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稀有の起業家、経営者、ピーターパン〜江副浩正〜

 

 
 
 
リクルート創始者である、江副浩正さんの伝記的書籍。あまりにもリアルで、生々しい物語に、一気に読み切ってしまった。リクルートって、どういう会社なのか?リクルート創業者、江副浩正さんは、どういう人なのか?というところにも興味があるのだけども、最も興味があるのは、江副浩正さんは、どのくらい意図的に、リクルートという存在を創ったのか?というところ。
 
 
INOUZTimes編集部さんでは、このように分析している。
 
リクルートという会社は、創業者が去った後も企業価値が高まり続けている。 それは、クビの皮が一枚つながり続けた偶然の産物なのか。それとも太い背骨がシャキッと通ったマネできない文化があるのかは愚問だろう。
 
 
同社も創業時はゲイマンシャフト(運命共同体)な組織であったが、拡大するにつれてゲゼルシャフト(利益共同体)的な形に変わっていったと本書で触れられている。 これは多くの企業経営者が味わう成長痛のひとつだろう。深く悩む痛みだ。
 
 
江副氏はこの問題に対して、ゲイマンシャフトとゲゼルシャフトの”両面を強く持つ”企業づくりへとアプローチする。「社員皆経営者主義」というコンセプトを置き、その両輪として「プロフィットセンター経営」と「社員持ち株制度」をはめ込んだ。
 
 
「プロフィットセンター経営」という方法で、事業体ごとに大きく権限を持たせることでパフォーマンスを最大化させ、「社員持ち株会制度」を用意し、創業オーナーよりも社員の持ち株比率を高め、パフォーマンスの果実分配を制度として用意。強力な事業推進を仕組みで実現していった。
 
 
そして、この仕組みを成り立たせるための2つの条件。徹底的に優秀な人財を採用し続けること。そして失敗に寛容なこと。
 
 
言うは易し。
経営者としてこのような”独自”の枠組みをつくり、”徹底”して回し続けることがどれだけできるだろうか。凄まじい摩耗を繰り返すことで、ようやく独自の文化がうまれていく。
 
 
とても分かりやすい解説だなあ、と感動していたのだが、答えは、本書にも書かれていた。どういう経緯で、江副浩正さんが生きてきたのか?リクルートを創ってきたのか?多様な登場人物との詳細な会話を差し込みながら、物語を紡ぎ、リクルートという会社の成り立ちを明らかにしていく。
 
 
 
””のちに江副は、社員に向けて「リクルートの経営理念とモットー十章」を書き、リクルート経営の「根幹と思想」を明確にしていく。その言葉はとても平易でわかりやすい。 「誰もしていないことをする主義  リクルートは、これまでに社会になかったサービスを提供して時代の要請に応え、同時に高収益を上げていく。
 
既存の分野に進出する時は、別の手法での事業展開に限定し、他社のあとを単純に追う事業展開はしない。『誰もしていないことをする主義』だから、リクルートは隙間産業と言われる。だが、それを継続していって社会に受け入れられれば、やがて産業として市民権を得る」 ””
 
 
まず、すごい事業を創った。そして、すごい人財を次々に集め、また凄い事業、すごいプロジェクトをぶち上げて、さらに追い打ちをかけて、すごい人財を集めていく。確かに、事業が先かもしれないけど、どちらも欠けてはならない両輪である。
 
 
 
””「チャンス到来 打倒Y 全社をあげてY誌と戦う  これからの戦いは、リクルートの歴史に残るものとなる。情報誌は『一位』でなくてはならない。かつてのダイヤモンド社出現と同様、Y誌のおかげで飛躍的な成長ができるように住宅情報事業全体をスケールアップして、リクルートの全機能をあげて戦う。 『脅威と感じるほどの事態のなかに、隠された発展がある』  ドラッカーの言うように、われわれはやり方を変えることで活路を見いだそう」””
 
圧倒的な1位に拘って、拘り抜いたリクルート魂が、そこかしこに書かれている。
 
 
””読売参入の報を聞きつけてわずか一週間の間に、強権ともいえる大規模な人事異動を江副は全社で展開した。採用広告事業、中途採用事業、教育事業の精鋭を住宅広告事業に投入する。当然、現場からはこれではやっていけないとの悲鳴が上がる。江副は無慈悲に、平然とそんな声を切り捨てる。
 
「いままでの方法でやろうとするからやっていけないのです。何とかこの緊」急事態を切り抜けようという創意工夫が、われわれの事業を新しい高みに導いてくれるはずです。読売の住宅事業の参入で、うちの採用広告事業がより強くなればありがたいことではないですか」  狙いを首都圏で店舗を広げてきたコンビニに定めた。””
 
やっぱり、ドラマがあるんですよね。商売というものは、競争であり、闘争であるのだという当たり前のことを、もう、ずっと昔のことなのに、色褪せること無いストーリーにして、書き上げてくれている。
 
 
””編集長だけではなかった、リクルートでは「企業への招待」のころから雑誌や情報誌編集の制作現場は数多くの女性制作者により支えられていた。
 
リクルートが高収益の会社であり続けられたのは、数々の創意工夫を積み重ねて生み出された編集技法が次代の女性たちへと受け継がれてきたからだ。突き詰めていえば、編集現場で働く女性たちの生産性の高さにあった。  
 
その実績と、それに裏打ちされた自負をもって、リクルートの女性はいきいきと働いた。編集長たちのその後の社会的活躍も加わって、男女雇用機会均等法の早くからの実践企業として、リクルートは八〇年後半の「女性の時代」をリードすることになるのである。””
 
色々な伝説を創っていくリクルートには、やはりDNAが根付いている。江副浩正さんの哲学に深く深く根付いているのだということを、感じ取ることが出来る。
 
 
””その道筋をつけた渡邉が「住宅情報」から企画制作に戻り、新たな雑誌を作ることになった。  挨拶に来た渡邉に、江副は得意げに言った。
 
「僕が見抜いた通りだろ、君ならきっとやってくれると思っていた」
 
「私のことはともかく、江副さんが人を見抜く力はすごいです。怖いくらいです」
 
「いや、これだけ採用に力を入れて、毎年人を見てきても、人なんてなかなか見抜けないですよ。ただ一つ僕が見るのは、その人に悔し涙を流した経験があるかどうかだけかな」
 
「私はリクルートがここまで大きくなったのは、江副さんもまた、悔しさを力にしてきたからだと思います」
 
「いや、僕はそんなことはないよ」  問いをはぐらかす江副に、渡邉は笑いながら言った。
 
「だって、結婚披露宴の主賓席で流したという悔し涙の話、あれは有名ですよ」””
 
江副浩正さんが、どういう人財を好んで採用してきたかも、非常に具体的な対話から書き起こされている。まさに、本書は、江副浩正さんだけが見ていた世界、目指したもの、そこに挑む彼の思考と行動を、赤裸々に綴ってくれる伝説の書と言える。
 
 
多種多様なエピソードから、リクルートらしさの片鱗が、そこかしこに出てきて、面白い。自分も、どんどん語り継がれるドラマ、エピソードを創っていきたいと改めて感じました。
 
 
P.S.
それにしても、ポジティブな側面だけでなく、江副浩正さんの強欲さとか、ある種のエゴイズムにより、本業と関係ない事業やプロジェクトに取り組み始めるくだり、周囲の冷ややかな目を描写しているところも面白い。ありふれた喩えですが、子供心を忘れない、忘れられないピーターパンのような。
 
 
 
 
【目次】
 
序章   稀代の起業家
第一章  東京駅東北新幹線ホーム
第二章  浩正少年
第三章  東京大学新聞
第四章  「企業への招待」
第五章  素手でのし上った男
第六章  わが師ドラッカー
第七章  西新橋ビル 
第八章  リクルートスカラシップ 
第九章  安比高原 
第十章  「住宅情報」 
第十一章  店頭登録
第十二章  江副二号
第十三章  疑惑報道
第十四章  東京特捜部
第十五章  盟友・亀倉雄策
第十六章  リクルートイズム
第十七章  裁判闘争
第十八章  スペースデザイン
第十九章  ラ・ヴォーチェ
第二十章  終戦
第二十一章 遺産
 
 
 
 
 

一生を通じて学び続け、繰り返し自分を作り変えていく。〜ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来〜

 
 
 
ホモサピエンス全史に続く、ユヴァル・ノア・ハラリによる書籍。「人類が二一世紀に何を達成しようと 試みるか」に焦点を絞り、未来を語っている。僕自身、ここ3年ほど、本書に限らず、数多の未来予測関係の書籍をキャッチアップしてきて、改めて、自分の中で、決めていることがある。
 
 
それは『一生を通じて学び続けること、繰り返し自分を作り変えること。』である。
 
 
あまりにも多くのテクノロジーのトレンドが、非連続的な変化を創ろうとしていて、総論で、どういう世界が来るかもしれないと、予想していても、結果的に、自分のキャリアを台無しにされる恐れもあるし、国家が崩壊するかもしれないし、会社が潰れてしまうかもしれない。
 
はたまた、生きること、飯食うことに困らないにせよ、人生100年時代と言わるように、本当に100歳まで死なないとして、本当に幸せに生きていけるだろうか?と憂れうことがあるかもしれない。あまりにも不確実性の高い時代に、自分の人生を愉しみ尽くすとしたら、どういう生き方をしていくべきだろうか?と考え続けてきた。
 
結果、心身ともに出来る限り、健康であり続けながら、一生を通じて、色々なことに挑戦し続けること、すなわち、学び続け、自らを変革し続けることこそが、人生をより豊かに生きていくことなのではないか。まだ読まれていない方は、騙されたと思って、一読しても良いと思います。
 
 
””人類は他に何を目指して努力するのか? 私たちは自らの幸せを嚙みしめ、飢饉と疫病と戦争を寄せつけず、生態学的平衡を守るだけでよしとしていられるのか? 
 
じつはそれが最も賢明な身の処し方なのかもしれないが、人類はそうしそうもない。人間というものは、すでに手にしたものだけで満足することはまずない。何かを成し遂げたときに人間の心が見せる最もありふれた反応は、充足ではなくさらなる渇望だ。
 
人間はつねにより良いもの、大きいもの、美味しいものを探し求める。人類が新たに途方もない力を手に入れ、飢饉と疫病と戦争の脅威がついに取り除かれたとき、私たちはいったいどうしたらいいのか? 科学者や発明家、銀行家、大統領たちは一日中、何をすればいいのか? 詩でも書けというのか?””
 
 
””成功は野心を生む。だから、人類は昨今の素晴らしい業績に背中を押されて、今やさらに大胆な目標を立てようとしている。前例のない水準の繁栄と健康と平和を確保した人類は、過去の記録や現在の価値観を考えると、次に不死と幸福と神性を標的とする可能性が高い。
 
飢餓と疾病と暴力による死を減らすことができたので、今度は老化と死そのものさえ克服することに狙いを定めるだろう。
 
人々を絶望的な苦境から救い出せたので、今度ははっきり幸せにすることを目標とするだろう。そして、人類を残忍な生存競争の次元より上まで引き上げることができたので、今度は人間を神にアップグレードし、ホモ・サピエンスをホモ・デウス〔訳註 「デウス」は「神」の意〕 に変えることを目指すだろう。””
 
 
””私の予測は、人類が二一世紀に何を達成しようと 試みる かに的を絞っているのであり、何の達成に 成功する かが焦点ではない。
 
私たちの将来の経済や社会や政治は、死を克服する試みによって方向づけられるだろう。だからといって、二一〇〇年には当然、人類が不死になるということではない。  
 
そして、これが最も重要なのだが、第四に、この予測は、予言というよりも現在の選択肢を考察する方便という色合いが濃い。この考察によって私たちの選択が変わり、その結果、予測が外れたなら、考察した甲斐があったというものだ。
 
予測を立てても、それで何一つ変えられないとしたら、どんな意味があるというのか。””
 
 
””能力を強化されていない人間は、遅かれ早かれ完全に無用になると予測する経済学者もいる。シャツの製造などでは、手作業をする労働者はすでにロボットや3Dプリンターに取って代わられつつあるし、ホワイトカラーも非常に知能の高いアルゴリズムに道を譲るだろう。
 
銀行員や旅行業者は、ほんの少し前まで自動化の波に対して安全だと思われたのに、今や絶滅危惧種になった。スマートフォンを使ってアルゴリズムから飛行機のチケットを買えるときに、旅行業者がいったいどれだけ必要だろう?””
 
 
””人間は至福と不死を追い求めることで、じつは自らを神にアップグレードしようとしている。それは、至福と不死が神の特性だからであるばかりではなく、人間は老化と悲惨な状態を克服するためにはまず、自らの生化学的な基盤を神のように制御できるようになる必要があるからでもある。
 
もし私たちが自分の体から死と苦痛を首尾良く追い出す力を得ることがあったなら、その力を使えばおそらく、私たちの体をほとんど意のままに作り変えたり、臓器や情動や知能を無数の形で操作したりできるだろう。
 
ヘラクレスのような体力や、アフロディテのような官能性、アテナのような知恵をお金で買えるし、もしお望みとあれば、ディオニュソスのもののような陶酔も手に入ることだろう。
 
これまでのところ、人間の力の増大は主に、外界の道具のアップグレードに頼ってきた。だが将来は、人の心と体のアップグレード、あるいは、道具との直接の一体化にもっと依存するようになるかもしれない。””
 
 
 
 
【目次】
上巻
第1章 人類が新たに取り組むべきこと
第1部 ホモ・サピエンスが世界を征服する
第2章 人新世
第3章 人間の輝き
第2部 ホモ・サピエンスが世界に意味を与える
第4章 物語の語り手
第5章 科学と宗教というおかしな夫婦
下巻
第6章 現代の契約
第7章 人間至上主義
第2部 ホモ・サピエンスが世界に意味を与える
第8章 研究室の時限爆弾
第9章 知能と意識の大いなる分離
第10章 意識の大海
第11章 データ教
 

パターン認識力が世界で最も高いであろう投資家〜 ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望 〜

 

 
 
ピーター・ティールは、ペイパルマフィアのドンと呼ばれ、Facebookの初期投資家だけでなく、数多くの投資に大成功している。今では、トランプ大統領の側近の一人として、政治の世界にもネットワーキングを持っている。
 
まさに現代のシリアル・アントレプレナーとも言えるし、シリアル・インベスターとも言えるかもしれない。僕が興味を持っているのは、彼が、『パターン認識』力の高い傑物であろうというところ。『具体と抽象』を自由自在に行き来し、彼にしか見えない、彼だけが見ている、世の中の真理を追求し続けているところ。
 
 
 
””「あなたにとって、賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?」”” 
 
 
という問いは、ピーター・ティールの世界観を垣間見ることが出来る。
 
 
今でも実践し切れていないのですが、僕が、とても衝撃を受け、かつ、初めて知った時よりも、今の方が、圧倒的に、納得感がある言葉が、こちらです。
 
 
””「『毎日を人生最後の日であるかのように生きよ』という決まり文句を聞いたことがあるでしょう? 
 
でも実際は逆です。『毎日を自分が永遠に生きるかのように生きよ』が正しい。

 
つまり、きみのまわりにいる人間を、これからも長くつき合うつもりで扱うべきなんです。きみが毎日下す一つひとつの選択がとても大事です。その結果は時間の経過とともにどんどん大きくなりますから」””
 
 
投資やファイナンスについて学び始めると、いかにリソースにレバレッジをかけられるか?いかに不確実性を避けられるか?という当然のテーマと向き合い続けることになると思うのですが、毎日の自分の決断が、選択が、『複利』のように、雪だるまのように、積み上がっていくと考えるのは、今更ながら、腑に落ちてきたのである。
 
 
 
””ペイパルが並いるテクノロジー企業の中でもっとも重要な青写真となった成功要因とは何なのだろう?   90 年代の終わりにはまだSNSがなかった。ティールが最初から決めていたのは、固い友情を大切にして、会社の成功よりも友情が重んじられる会社をつくることだ。ティールはこう述懐する。
 
「僕らがペイパルを立ち上げたとき、マックスとこんな会話を交わしたことを覚えています。会社に何があっても壊れない友情で結ばれた、メンバー全員がよい友人である会社をつくりたいって””
 
””僕らが雇ったのは、もともとの友人たちだけではありません。よい友人になると信じられる人を雇っていったんです」  
 
すべての社員はヘッドハンターを介さず、直接スタンフォードの関係者から集めた。ペイパルを率いる社員の多く――特にかつてスタンフォード・レビューの編集長をつとめたケン・ハワリーとデイビット・サックス、それにリード・ホフマン――にティールは全幅の信頼を置いている””
 
 
 
 また、橘玲さんのコラムにも、このような記述があった。
 

起業でもっとも大事なのは「友情」

 ウォール街と同じく、シリコンバレーも一攫千金を目指す者たちが鎬を削る弱肉強食の世界だと思われている。そんななかでティールは、起業でもっとも大事なのは「友情」だという。
 「ペイパルの友人たちは特別な絆があります。あれは実に濃い経験でしたよ。当時の濃い経験があるからこそ、僕らはいまでも固い絆で結ばれているんです」 
 
アメリカの「影の大統領」、ピーター・ティールの思想とは?

[橘玲の世界投資見聞録]より
 
 
 
 
 
 
””バフェットが師とあおぐベンジャミン・グレアムの『証券分析』(パンローリング) に全幅の信頼を寄せているのに対し、ティールはルネ・ジラールに傾倒している。彼はスタンフォード時代に出会ったジラールに「最後の博学者」という最大級の賛辞を贈っている。
 
『世の初めから隠されていること』は、彼にとってジラールの最高傑作である。まちがっても気軽に楽しめる本ではないが、それは「わかりにくいという意味ではなく、中身がぎっしり詰まっている」から””
 
逆張りの投資家とも言われるが、スタンフォード時代に仕えたジラールから『世の初めから隠されていること』に張るということを、投資家として成功するためのスタンスとして身につけたのかもしれない。
 
 
””ティールにとって、本書にもあるスタンフォード大学時代の恩師ルネ・ジラールの影響は大きい。彼は、模倣と競争を研究のテーマとする哲学者ジラールから、起業家・投資家としてのあり方を学び取ったのだろう―「人は、完全に模倣から逃れることはできないけれど、細やかな神経があれば、それだけでその他大勢の人間より大きく一歩リードできる」と語っている””
 
 
””模倣こそ、僕らが同じ学校、同じ仕事、同じ市場をめぐって闘う理由なんです。経済学者たちは競争は利益を置き去りにするといいますが、これは非常に重要な指摘です。ジラールはさらに、競争者は自分の本来の目標を犠牲にして、ライバルを打ち負かすことだけに夢中になってしまう傾向があると言っています。競争が激しいのは、相手の価値が高いからではありません。人間は何の意味もないものを巡って必死に戦い、時間との戦いはさらに熾烈になるんです””
 
 
『模倣と競争』を研究テーマにしていたピーター・ティールは、『パターン認識』力を、極限まで鍛え抜いていて、どんなに抽象度の高いことでも、その共通項を見出し、世の中の大半の人たちが気づく前に、彼が見える世界の中で、投資をしているのだろう。
 
 
ピーター・ティールが、どういう事に気を使っているか、を理解できたからと言って、凡人が、彼と同じことを出来るとは限らない。しかし、『他の誰もしないことは何だろう?』と、自らに問いかけ、『自分が価値を感じること』かつ、『自分に出来ること』を考えてみることは、肝要だろう。それこそが、尊い人生を賭するべき領域だろう。改めて問い続けていきたい。
 
 
 

【目次】

はじめに――iPhoneはイノベーションではない
第1章 はじまりの地、スタンフォード大学
第2章 「競争する負け犬」になるな――挫折からのペイパル創業
第3章 常識はずれの起業・経営戦略――ペイパル、パランティアはなぜ成功したのか
第4章 持論を発信する――『ゼロ・トゥ・ワン』と『多様性の神話』スキャンダル
第5章 成功のカギは「逆張り思考」――スタートアップの10ルール
第6章 ティールの投資術――なぜ彼の投資は成功するのか
第7章 テクノロジーを権力から解放せよ――ティールのリバタリアン思想
第8章 影のアメリカ大統領?――トランプ政権を操る
第9章 ティールの未来戦略――教育、宇宙、長寿に賭ける
おわりに――テクノロジーがひらく自由な未来へ
ピーター・ティールがシリコンバレーを離れる日――訳者あとがき
 
 
 

僕たちが見えてる世界は全く別物であるということ〜具体と抽象〜

 

 
 
 
以下のツイートを見て、即ポチって拝読した書籍。成功する起業家の共通項の1つに、『パターン認識』のチカラが強いというコラムを見たことがあり、どのようにすれば、このパターン認識力をあげていけるか、気にかけていた時でした。
 
 

 
 
 
””優れた起業家と I.Q.(知能指数) の間には「全く何の関係もない」ことが分かった。これも一般的には「I.Q.が高い=頭が良い=ビジネスが得意」と捉えられがちだが、実は優れた起業家に必要なものは I.Q.ではなく、パターン認識であることが明確になった。
 
パターン認識とは、失敗体験を素早く解析して同じ過ちを繰り返さない、成功体験であれば同じ成功が繰り返し発生するための仕組みを素早く作り上げるスキルである。優れた起業家には、この「パターン認識能力」が長けている人物が多いことが分かった。””
 
 
 
その仮説の1つが、抽象化するチカラではないかと考えていて、『具体と抽象』を使い分けることが出来る人というのは、このパターン認識力が高い人なのではないか、と思うのです。
 
 
””抽象化とは一言で表現すれば、「枝葉を切り捨てて幹を見ること」といえます。文字どおり、「特徴を抽出する」ということです。要は、さまざまな特徴や属性を持つ現実の事象のなかから、他のものと共通の特徴を抜き出して、ひとまとめにして扱うということです。””
 
 
””上流の仕事は、コンセプトを決めたり、全体の構成を決めたりする抽象度の高い内容なので、分割して進めるのは不可能です。これが下流に進むにつれて具体化され、(ピラミッドを下っていくイメージで)作業が飛躍的に増えていくとともに、作業分担も可能になっていきます。同時に、求められるスキルも変わってきて、「全体を見る」よりは個別の専門分野に特化して深い知識を活用する能力が求められていきます。””
 
 
””上流では個性が重要視され、「いかにとがらせるか?」が重要なため、多数決による意思決定はなじみません。意思決定は、多数の人間が 関われば関わるほど「無難」になっていくからです。  逆に下流の仕事は、大勢の人にわかりやすいように体系化・標準化され、また、どんな人が担当してもスムーズにいくように、各分野の専門家を含む多数の人が目を通す(管理する)必要が生じてくるのです””
 
””下流の仕事は多くの人が関わったほうがレベルが上がり、速く安くなりますが、上流の仕事の質は、むしろ関わった人の量に反比例します。人が関われば関わるほど品質は下がり、 凡庸 になっていくのが上流の仕事といえます。  
 
そのため、「下流の仕事のやり方」に慣れている人は、多人数で議論を繰り返して多数決による意思決定をすることが仕事の品質を上げるという価値観で仕事をしますが、これは上流側の抽象度の高い仕事には適していません。上流側の仕事では、口を出す人の数が増えれば増えるほど、焦点がぼけて角の丸くなった凡庸なものになっていくからです。””
 
上流の仕事だけが得意でも、下流の仕事だけが得意でもなく、両方が出来る、両方を理解できる人は、起業家として、シリアルアントレプレナーとして、成功確率が高そうな気がします。
 
 
””アナロジーとは類推のことで、異なる世界と世界のあいだに類似点を見つけて理解したり、新しいアイデアを発想したりするための思考法です。先述の「たとえ話」もアナロジーの応用の一つで、新しい世界を理解するために、すでによく知っている身近な世界の知識を応用することです””
 
””アナロジーとは、「抽象レベルのまね」です。具体レベルのまねは単なるパクリでも、抽象レベルでまねすれば「斬新なアイデア」となります。ここで重要になるのが、第5章で述べた「関係性」や「構造」の共通性に着目することです。  科学や技術的な発見、あるいはビジネスのアイデアなども多くは抽象レベルでのまね(アナロジー)から生まれています。たとえば活版印刷機はブドウ圧搾機から、回転寿司はビールのベルトコンベアから、あるいは生物からヒントを得た工業製品も数多くあります。  特許で守れるのは、抽象度が低い、直接的に類似性のあるもののみです。逆に抽象度が高いもの(関係性や構造)であれば、合法的に「盗み放題」です。大抵の人はそれが「盗み」であることにすら気づきません。””
 
 
これは、とても面白いなあと思いまして、確かに『具体レベル』の模倣は、『パクリ』と指摘されるものの、『抽象レベル』の模倣は、そうは受け止められないんですよね。
 
例えば、劇的成長をしているTikTokに対して、ある人は、ユーザー投稿型の動画サービス(15秒限定にしたところが凄いよね!程度)という意味合いでは、ユーチューブの類似サービスとして認識していたであろう。
 
しかし、以下で解説されているように、『従来型の評価経済プラットフォームとは根本的に異なる仕組みの導入に成功し、新規動画をたくさんの人に見てもらう(負担してもらう)一連の流れを実現したことがTikTokのイノベーション。』であるというのだ。
 
 
これは、おそらく、いや間違いなく、TikTokのプロダクトマネージャー的な人は、高次元(抽象度の高い次元)で、上述されたような哲学やコンセプト、競争戦略を、打ち立てていたのではないかと思われます。
 
 
””本書の目的は、読者に「わかる人」になってもらうことですが、あくまでもそれは最終目標で、一度読んだだけで習得できなかったとしても、「自分の見えていない世界が存在している」というイメージをつかんでもらえればよいと思います。  
 
周囲に「わけのわからないことを言っている」と感じる人はいませんか? もしいたとしたら、こんなふうに考えるだけでも、仕事のやり方や世の中の見方が変わってきます。 「もしかしたら、私には見えていない抽象概念の話をしているのではないか」 「表面的なことではなく、そこからつながっている本質的なことを語っているのではないか」””
 
””ここに本書で伝えたいもう一つのメッセージがあります。 「見えている」側に立ったときに、「見えていない相手」にどのように対処すべきか、ということです。これは「見えている人」(見えてしまった人)が持つ、共通かつ永遠の悩みといえます。  読者の皆さんも経験があるでしょう。だれにでも、経験や知識が豊富にあり、ある程度の哲学を確立している分野というものがあります。その分野になじみのない人たちの「未熟さ」を目の当たりにすることはないでしょうか。その人たちに説明を試みようとしても、相手が「ぽかんと」してしまうという状況です。あるいは、わかっているように見えて、じつはまったくわかっていないと感じるような状況です。  
 
そうした状況は、世の中にはたくさん転がっています。抽象度が高ければ高いほど、一部の人にしか理解してもらえません。””
 
””高い抽象レベルの視点を持っている人ほど、一見異なる事象が「同じ」に見え、抽象度が低い視点の人ほどすべてが「違って」見えます。したがって抽象化して考えるためにはまず、「共通点はないか」と考えてみることが重要です。当然ここでいう共通点は「抽象度の高い共通点」です。  
 
このような思考回路の障害になるものは何でしょうか?   
 
その最大のものは、「自分だけが特別である」「自分の仕事や組織や業界が特殊である」という考えです。人間は他人の成功例や失敗例を見ても「あれは自分とは違うから……」と考えがちで、他人に自分の話を一般化されることを嫌う傾向があるようです。””
 
僕自身は、まだまだ、世の中を抽象度高く観察できているとは言い難い状況にありますが、強く意識して、世界と対峙していきたいと意気揚々です。
 
””とくに経験した世界が狭ければ狭いほど、他の世界のことがわからないにもかかわらず、自分の置かれた状況が特殊であると考える傾向があります。多種多様な経験をすればするほど、「ここの部分は違うが、ここの部分は同じだ」というふうに共通部分にも目が向けられるようになってきます””
 
””多種多様な経験を積むことはもちろんですが、本を読んだり映画を見たり、芸術を鑑賞することによって実際には経験したことのないことを疑似経験することで、視野を広げることができます。そうすれば、「一見異なるものの共通点を探す」ことができるようになり、やがてそれは無意識の癖のようになっていきます。”” 
 
 
 
聴くだけでなく、見るだけでなく、考えるだけでなく、行動していくことに徹底的に拘っていきたい。どのような成果を手にしたいかを決めてから、聴いて見て考えて行動していきたい。人生は愉しい。
 
 
 
百聞は一見に如かず
百見は一考に如かず
百考は一行に如かず
百行は一果(効)に如かず
百果(効)は一幸に如かず
百幸は一皇に如かず
 
 
 
 
 
 
 
 
【目次】
●序章 抽象化なくして生きられない 
●第1章 数と言葉 
●第2章 デフォルメ 
●第3章 精神世界と物理世界 
●第4章 法則とパターン認識 
●第5章 関係性と構造 
●第6章 往復運動 
●第7章 相対的 
●第8章 本質 
●第9章 自由度 
●第10章 価値観 
●第11章 量と質 
●第12章 二者択一と二項対立 
●第13章 ベクトル 
●第14章 アナロジー 
●第15章 階層 
●第16章 バイアス 
●第17章 理想と現実 
●第18章 マジックミラー 
●第19章 一方通行 
●第20章 共通と相違 
●終章 抽象化だけでは生きにくい
 

対人関係ごとに見せる複数の顔はすべて「本当の自分」〜私とは何か 「個人」から「分人」へ 〜

 

 
 
 
経営していて、必ずぶつかると言われる組織の壁、30人、100人、300人と組織が増えていって、本当に苦悩の連続だった(今もだけど苦笑)。
 
 
で、分人主義の出番だな、と。
 
 
””個人よりも一回り小さな単位を導入するだけで、世界の見え方は一変する。むしろ問題は、個人という単位の 大雑把さが、現代の私たちの生活には、最早対応しきれなくなっていることである。””
 
 
ステージごとに、役割や態度などメンバーとの関わり方を変えないといけないようなのだけど、どれも本当の自分であって、まさに分人だったんだな、と。
 
 
自分という存在は、1つの人格ではなく、関わる相手によって違った自分が引き出されるという分人主義の考え方を取り入れてから、心の中、頭の中が整理されるようになりました。
 
 
いま、目の前にいる人と会話している自分、頭の中であれこれ考えている自分は、この環境が引き出した自分の一面にすぎないわけです。と同時に、相手も、自分が引き出したその人の一面にすぎないわけである、というわけです。
 
 
例えば、会社の仲間が自分と仕事をしているときに、良いパフォーマンスを発揮していないとしたら、自分の環境の整え方、舞台の創り方に問題があるかもしれない、もしかしたら、その同僚の分人に問題があるかもしれない。
 
 
だとすれば、その相手からより良いパフォーマンスを引き出すためには、自分が先に変わるべきだし、その方が課題解決しやすいだろう、と、素直に思えるようになりました。
 
 
””たった一つの「本当の自分」など存在しない。 裏返して言うならば、 対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて「本当の自分」である。””
 
 
どれも自分なんだ、と。そして、どれも貴方なんだ、と。自分が、『どうあるべきか』を考えるより、『どうありたいか』を考え追求した方が、よっぽど面白いなあと、迷うことが無くなりました。
 
 
また、2018年は、様々なオンラインサロンに入会してみたり、トライアスロン・アイアンマンに挑むことに決めたり、新たなコミュニティと出会って、世界が広がりましたが、どのコミュニティに居る自分も、自分なんだと思えていたことで、とても愉しく、自分らしく生きていけたと思っています。複数のコミュニティを持つ時代となる言われる今だからこそ、一読の価値ある本だと思います。
 
 
 
 
【目次】
 
第1章 「本当の自分」はどこにあるか
第2章 分人とは何か
第3章 自分と他者を見つめ直す
第4章 愛すること・死ぬこと
第5章 分断を超えて