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絶好調と言える日を増やしていけるように〜最高の体調 ACTIVE HEALTH〜

 

 

フィジカルなコンディションだけでなく、メンタルコンディションだけでもない、多様な側面から、「絶好調!」と感じ続けられるように、どうすれば良いのか、そんなことを考えていた時に、出会った書籍。

 

 

”日々の不調や不満には様々なレベルがあります。たんに朝起きれないという人もいれば、仕事の集中力が続かなくて作業が進まない。

さらには怒りや不安がコントロールできずに人生が上手くいかない人、つねに体調不良に襲われている人、毎日の暮らしに張り合いがなく空虚な気持ちのまま暮らしている人など、症状や問題の深刻さには個人差があるはずです。

まずは現代人が抱える問題の「共通項」をあぶりだし、すべてを柔軟に解決する汎用的なフレームワークを提供します。”

 

より良いコンディションを維持するための書籍は、今日、選びきれないほど多数出版されている。そんな中で、この本を読もうと思えたのは2つの理由がある。1つは、『文明病、炎症、不安、腸、環境、ストレス、価値、死、遊び』というような多様な側面から、コンディションを向上させる方法を書き上げられている点。また、もう1つは、『年に5,000本の科学論文を読み続けている』という著者のプロフィールから、本書がエビデンスありきの主張であろうと推察した点。

 

実際に読み進めると、ユヴァル・ノア・ハラリ氏によるサピエンス全史や、ホモデウスを彷彿とさせる、人類学、哲学、心理学、脳科学、神経科学といった幅広い分野を網羅しているだろうと感じる、非常に説得力ある刺激的な主張が数多く見られました。

 

著者は、心と体を病んでいた自己体験から、『ちょっと体重を減らしたり肝臓の数値を良くするだけでなく、脳と体を最適化するのが最終的なゴール』として、進化医学、ダーウィニアン医学を活用していこうと決意なされたとのこと。

 

”私が初めて進化医学を意識したのは、2003年にミシガン大学のランドルフ・ネシー博士による有名な論文「いかにダーウィニアン医学は使えるか?」を読んでからです。この論文は、1990年代から研究が盛んになった進化医学のポイントをまとめたもので、現代病と進化論の関係が手際よく解説されていました。  刺激を受けた私は、自分の体で進化医学のアイデアを試そうと思いつきます。   

その最終目標は、自分の遺伝子が持つポテンシャルを最大まで引き出すこと。ちょっと体重を減らしたり肝臓の数値を良くするだけでなく、脳と体を最適化するのが最終的なゴールでした。  

そんな野望を抱いた理由は他でもありません。当時の自分は、心も体も病みまくっていたからです。”

 

僕は、最近、ユヴァル・ノア・ハラリ氏のホモデウスを読んだばかりということもあり、実は、人間は自由意志を持っておらず(人間一人ひとりが固有の物語を持っていることも所詮幻想であって)、究極的には、人間はアルゴリズムの一種であると、考えてみようとしています。

 

本書でも、ブッダを引き合いにしながら、すべての欲望は無であり、人類の欲望は遺伝子の生存プログラムにもとづいており、周囲の環境に応じてつねに変わり続けているという説を紹介します。

 

”すべては外部の刺激に対する反応であり、そこから生まれた欲望が、なにか特定の形や永遠の構造を持つことはありません。仏教でいう「無常観」とはこのことです。  

さらにブッダは、「自分という存在」すらフィクションだと喝破しました。  

もちろん〝いまここ〟で行動をする主体は存在しますが、結局のところ、私たちは遺伝子を残すために生まれた巨大なシステムの一部でしかありません。「自分」とはあくまで環境とのやり取りのなかに生じる自然現象のひとつであり、なにも変化しない絶対的な自己は存在しえません。

ありもしない自己に執着心を持つからこそ、不安が生まれるのだとブッダは言います。 「人間のうちにある諸の欲望は、常住に存在しているのではない。欲望の主体は無常なるものとして存在している。束縛されているものを捨て去ったならば、死の領域は迫ってこないし、さらに次の迷いの生存を受けることもない」(ウダーナヴァルガ 中村元訳)”

 

まさに、ハラリ氏が主張していた件と近しく、人類の意識も、ただのフィクションでしかないと前提し、であるとすれば、「不安」を感じることから脱却することは容易ではないか?いや、容易ではない、と続けていきます。

 

”これが、仏教で言う「悟り」の基本的なアイデアです。確かに、欲望と自己をフィクションだと認識できれば、そこに不安は生まれようがないでしょう。

なんといっても、死の際に消えてしまうはずの自分がもともと存在すらしないのですから、輪廻転生のシステムに頼る必要もありません。その意味では、初期仏教こそが間違いなく究極のソリューションだと言えます。  

ただし、原始仏教の解決策は一筋縄ではいきません。  

ヒトの欲望は遺伝子に書き込まれた基本プログラムであり、ブッダのアドバイスを忠実に実践しようと思えば、私たちの脳のOSを入れ替えるぐらいの作業が必要になるでしょう。  

実際、ブッダも「すべての欲望を離れるためには出家をするしかない」と教えており、現代人が日常で実践していくのは不可能です。そもそも、すべてをフィクションとして認めるためには、第6章で述べた「自分が生きる価値」すら解体しなければならず、そこには大きな苦痛がともないます。”

 

 

そのため、現代を生きる私たちは、狩猟採集民とブッダが編み出したアイデアをミックスさせつつ、できる範囲で死の不安を減らしていくのが現実的です。そのためのキーワードは、「畏敬」と「観察」です。

 

一見、非科学的な主張のように見える論調も、1つ1つ、丁寧に、科学的なデータに基づいていると補足してくれます。

 

”実際、科学の世界では「畏敬」の不思議な効果が次々と明らかになっています。  

スタンフォード大学の実験では、壮大な海や山を映した動画を鑑賞した被験者は人生の満足度が上がり、チャリティなどへ寄付を行う気持ちも増加しました。さらには主観的な時間の感覚が長くなり、「以前よりも仕事に使える時間が増えた気がする」と答える者が増えたというからおもしろいものです。  

2700人を対象に行われた別の調査でも、生まれつき「畏敬」を感じやすい性格の人ほど親切な行いが多く、目の前の欲望にも強い傾向が確認されています。どうやら「畏敬」の感情は私たちの不安を減らし、良い人間にさせる働きを持つようなのです。”

 

僕が最も感銘を受け、共感し、自分の人生に取り入れたいと思ったのは、人生にもっと『遊び』を取り入れ、人生をもっと『ゲーム化』していくというような主張です。

 

現代社会では、自分の行動に即時フィードバックを得づらく、達成感を感じにくいというのです。よって、明確なゴールを創りにくく、即時フィードバックが少ないせいで、未来への不安も増していく、と。こんな状況では、安心して遊べず、『人生はゲーム』だとか、『仕事を遊びに』と唱えても役に立たないというわけです。

 

”そもそも現代の環境から「遊び」が失われたのは、農耕の開始で生まれた遠い未来の出現に起因しています。これだけの変化に精神論で立ち向かうのは無理筋です。  

私たちにできるのは、狩猟採集民から「遊び」の基本を学び、いまの暮らしに応用すること。そのためのキーワードは、「ルール設定」と「フィードバック化」の2つです。”

 

改めて、人生100年時代、日々、幸福感を感じながら生き続けていくためにも、自らルールを設定し、即時フィードバックを得やすい環境を創っていく。そうすることで、絶え間ない不安から開放され、心身ともに素晴らしいコンディションで日々を過ごしていく。人間が本来もつ機能を最大限いかして、楽しく面白く、絶好調で生き続けていきたいものですね。