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絶好調と言える日を増やしていけるように〜最高の体調 ACTIVE HEALTH〜

    フィジカルなコンディションだけでなく、メンタルコンディションだけでもない、多様な側面から、「絶好調!」と感じ続けられるように、どうすれば良いのか、そんなことを考えていた時に、出会った書籍。     ”日々の不調や不満には様々なレベルがあります。たんに朝起きれないという人もいれば、仕事の集中力が続かなくて作業が進まない。 さらには怒りや不安がコントロールできずに人生が上手くいかない人、つねに体調不良に襲われている人、毎日の暮らしに張り合いがなく空虚な気持ちのまま暮らしている人など、症状や問題の深刻さには個人差があるはずです。 まずは現代人が抱える問題の「共通項」をあぶりだし、すべてを柔軟に解決する汎用的なフレームワークを提供します。”   より良いコンディションを維持するための書籍は、今日、選びきれないほど多数出版されている。そんな中で、この本を読もうと思えたのは2つの理由がある。1つは、『文明病、炎症、不安、腸、環境、ストレス、価値、死、遊び』というような多様な側面から、コンディションを向上させる方法を書き上げられている点。また、もう1つは、『年に5,000本の科学論文を読み続けている』という著者のプロフィールから、本書がエビデンスありきの主張であろうと推察した点。   実際に読み進めると、ユヴァル・ノア・ハラリ氏によるサピエンス全史や、ホモデウスを彷彿とさせる、人類学、哲学、心理学、脳科学、神経科学といった幅広い分野を網羅しているだろうと感じる、非常に説得力ある刺激的な主張が数多く見られました。   著者は、心と体を病んでいた自己体験から、『ちょっと体重を減らしたり肝臓の数値を良くするだけでなく、脳と体を最適化するのが最終的なゴール』として、進化医学、ダーウィニアン医学を活用していこうと決意なされたとのこと。   ”私が初めて進化医学を意識したのは、2003年にミシガン大学のランドルフ・ネシー博士による有名な論文「いかにダーウィニアン医学は使えるか?」を読んでからです。この論文は、1990年代から研究が盛んになった進化医学のポイントをまとめたもので、現代病と進化論の関係が手際よく解説されていました。  刺激を受けた私は、自分の体で進化医学のアイデアを試そうと思いつきます。    その最終目標は、自分の遺伝子が持つポテンシャルを最大まで引き出すこと。ちょっと体重を減らしたり肝臓の数値を良くするだけでなく、脳と体を最適化するのが最終的なゴールでした。   そんな野望を抱いた理由は他でもありません。当時の自分は、心も体も病みまくっていたからです。”   僕は、最近、ユヴァル・ノア・ハラリ氏のホモデウスを読んだばかりということもあり、実は、人間は自由意志を持っておらず(人間一人ひとりが固有の物語を持っていることも所詮幻想であって)、究極的には、人間はアルゴリズムの一種であると、考えてみようとしています。   本書でも、ブッダを引き合いにしながら、すべての欲望は無であり、人類の欲望は遺伝子の生存プログラムにもとづいており、周囲の環境に応じてつねに変わり続けているという説を紹介します。   ”すべては外部の刺激に対する反応であり、そこから生まれた欲望が、なにか特定の形や永遠の構造を持つことはありません。仏教でいう「無常観」とはこのことです。   さらにブッダは、「自分という存在」すらフィクションだと喝破しました。   もちろん〝いまここ〟で行動をする主体は存在しますが、結局のところ、私たちは遺伝子を残すために生まれた巨大なシステムの一部でしかありません。「自分」とはあくまで環境とのやり取りのなかに生じる自然現象のひとつであり、なにも変化しない絶対的な自己は存在しえません。 ありもしない自己に執着心を持つからこそ、不安が生まれるのだとブッダは言います。 「人間のうちにある諸の欲望は、常住に存在しているのではない。欲望の主体は無常なるものとして存在している。束縛されているものを捨て去ったならば、死の領域は迫ってこないし、さらに次の迷いの生存を受けることもない」(ウダーナヴァルガ 中村元訳)”   まさに、ハラリ氏が主張していた件と近しく、人類の意識も、ただのフィクションでしかないと前提し、であるとすれば、「不安」を感じることから脱却することは容易ではないか?いや、容易ではない、と続けていきます。   ”これが、仏教で言う「悟り」の基本的なアイデアです。確かに、欲望と自己をフィクションだと認識できれば、そこに不安は生まれようがないでしょう。 なんといっても、死の際に消えてしまうはずの自分がもともと存在すらしないのですから、輪廻転生のシステムに頼る必要もありません。その意味では、初期仏教こそが間違いなく究極のソリューションだと言えます。   ただし、原始仏教の解決策は一筋縄ではいきません。   ヒトの欲望は遺伝子に書き込まれた基本プログラムであり、ブッダのアドバイスを忠実に実践しようと思えば、私たちの脳のOSを入れ替えるぐらいの作業が必要になるでしょう。   実際、ブッダも「すべての欲望を離れるためには出家をするしかない」と教えており、現代人が日常で実践していくのは不可能です。そもそも、すべてをフィクションとして認めるためには、第6章で述べた「自分が生きる価値」すら解体しなければならず、そこには大きな苦痛がともないます。”     そのため、現代を生きる私たちは、狩猟採集民とブッダが編み出したアイデアをミックスさせつつ、できる範囲で死の不安を減らしていくのが現実的です。そのためのキーワードは、「畏敬」と「観察」です。   一見、非科学的な主張のように見える論調も、1つ1つ、丁寧に、科学的なデータに基づいていると補足してくれます。   ”実際、科学の世界では「畏敬」の不思議な効果が次々と明らかになっています。   スタンフォード大学の実験では、壮大な海や山を映した動画を鑑賞した被験者は人生の満足度が上がり、チャリティなどへ寄付を行う気持ちも増加しました。さらには主観的な時間の感覚が長くなり、「以前よりも仕事に使える時間が増えた気がする」と答える者が増えたというからおもしろいものです。   2700人を対象に行われた別の調査でも、生まれつき「畏敬」を感じやすい性格の人ほど親切な行いが多く、目の前の欲望にも強い傾向が確認されています。どうやら「畏敬」の感情は私たちの不安を減らし、良い人間にさせる働きを持つようなのです。”   僕が最も感銘を受け、共感し、自分の人生に取り入れたいと思ったのは、人生にもっと『遊び』を取り入れ、人生をもっと『ゲーム化』していくというような主張です。   現代社会では、自分の行動に即時フィードバックを得づらく、達成感を感じにくいというのです。よって、明確なゴールを創りにくく、即時フィードバックが少ないせいで、未来への不安も増していく、と。こんな状況では、安心して遊べず、『人生はゲーム』だとか、『仕事を遊びに』と唱えても役に立たないというわけです。   ”そもそも現代の環境から「遊び」が失われたのは、農耕の開始で生まれた遠い未来の出現に起因しています。これだけの変化に精神論で立ち向かうのは無理筋です。   私たちにできるのは、狩猟採集民から「遊び」の基本を学び、いまの暮らしに応用すること。そのためのキーワードは、「ルール設定」と「フィードバック化」の2つです。”   改めて、人生100年時代、日々、幸福感を感じながら生き続けていくためにも、自らルールを設定し、即時フィードバックを得やすい環境を創っていく。そうすることで、絶え間ない不安から開放され、心身ともに素晴らしいコンディションで日々を過ごしていく。人間が本来もつ機能を最大限いかして、楽しく面白く、絶好調で生き続けていきたいものですね。     … Continue reading 絶好調と言える日を増やしていけるように〜最高の体調 ACTIVE HEALTH〜

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分かってること、教えられること、使いこなせること〜最高の結果を出すKPIマネジメント 〜

  リクルートの先輩、オススメ書籍、読了。分かってること、教えられること、使いこなせること、これらのステイタスは、完全に異次元にあるということを改めて学べた書籍でした。自分の会社に、事業に、しっかり使いこなせるようにしたい。           ”KPIマネジメントは、理想的には、全従業員のものであることが望ましいわけです。全従業員がKPIに興味を持って、それが悪化した場合に、各現場で打ち手を打ち始めている。  これだと、かなりイケてる組織だと思います。  しかし、実際は、全従業員が意識するKPIを設定するのはかなり難しいものです。ただ、経営陣は、そうなるように努力して、最終的には全従業員がKPIに興味を持つようにしたいものです。  そのためには、まずKGI数値を全従業員が意識していること。そして担当サービスのCSFが何かについて従業員皆が知っているようにすることから始めるとよいでしょう。”       ”そもそも、なぜ組織にKPIマネジメントが必要とされるのでしょうか?   一言でいうと、KPIマネジメントを活用してマネジメントそのものを進化させるためです。  マネジメントが進化し続けている企業の共通点は、 弛まざる継続的な改善活動にあります。つまり、KPIマネジメントを継続すると、マネジメントレベルが向上するのです。 ”       ”つまり、振り返るという習慣がない組織だったのです。このような組織では、振り返りの習慣作りが欠かせません。どうすればよいのでしょうか?  これは、私が以前在籍していたリクルートマネジメントソリューションズで学んだ方法です。一言でいうと、 施策の承認をする際に、同時に施策の「振り返り」についても確定するのです。   具体的には、起案者は起案内容に加えて、その施策の「振り返り」を「いつ」「誰が」「何を」「どうやって」実施するのかを併せて起案するのです。  そして、その「振り返り」については、その「いつ」に合わせて、 未来日付の会議 を設定します。そして、同時に関係者に「振り返り」の会議招集を行うのです。 ”         ”エジソンに学ぶ「振り返り」の重要性  エジソンが白熱電球の中のフィラメントの素材を発見するために数千の素材を実験した話は有名です。その際に、きちんと実験せずに、これはダメだと記録したとしたら、フィラメントは発見されたかどうかは疑わしいものです。  エジソンはきっと、一つ一つうまくいくかどうかをきちんと実験したのだと思います。きちんとダメだったと記録することで、同じ素材で実験をするという愚も避けられたのです。  想像してみてください。  もしもきちんと記録せずに、数千の素材を実験していたら、無駄な実験を何度も何度も繰り返すことになっていたに違いありません。つまり、振り返りをしないということは、かなりまずいことなのです。   振り返りをしない組織には「知恵」が溜まりません。   失敗したことこそ重要な知恵なのです。 ”       ”2000年に私がリクルートワークス研究所の調査グループのマネジャーになったときの話です。  東名阪のワーキングパーソン1万3000人に調査を実施しました。   その中で、「過去1カ月以内に仕事に関係する情報収集をした」という設問にイエスと回答した方は、約 17%でした。つまり6分の1の方(だけ) が、過去1カ月に情報収集していたことになります。 … Continue reading 分かってること、教えられること、使いこなせること〜最高の結果を出すKPIマネジメント 〜

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報酬体系の多様化とポスト資本主義~お金2.0 新しい経済のルールと生き方~

  社会や歴史の授業で、数千年とか、数百年の単位で、なんちゃら革命が起きたというようなことを学んできたけれど、今まさに、今こそ、そういう教科書に載ってしまうような革命の、ど真ん中に居るのだろうな、と感じることがある。   そして、それは、テクノロジーの流れ、すなわち、IT革命や、AI革命という文脈で語られるものだと、ずっと考えていたのだけど、そういうコンテキストではなく「経済のルール」が変わるという新たな潮流が生まれていることを、身近に感じるようになって来た。     本書の著者である佐藤航陽さんは、この本に書かれているような内容を、かなり前から語ったおられた。2年前に出版された「未来に先回りする思考法」にも、以下のように書かれている。   ”「これから私たちの社会がどう変化していくのか」は、現在の社会をどれだけ真剣に眺めていてもわかりません。巷にあふれる未来予測本を読んでも、おそらくわかることはないでしょう。ニューヨーク・タイムズの例を挙げるまでもなく、私たちはいつも未来を予測し、そして外し続けてきました。人は未来を見誤るというのも、私たちが持つパターンのひとつです。 また、「何十年後にこうなる」という未来予測の結論のみを知ったところで、そこに至るまでのプロセスがわからなければ、一切応用が利きません。   しかし、もしも社会が進化するパターンを見抜いていれば、状況が変わっても未来を見通すことが可能になります。そのための汎用的な思考体系をお伝えするのが本書のテーマです。”   このような問いを持ち、およそ2年間、思考、実践を繰り返され、上梓なされた「お金2.0 新しい経済のルールと生き方」について、佐藤さんは、『このような思索については、数年来、構想してきたものだが、ようやく時代が追いついてきたので、出すことを決めた』というようなことを仰っていました。事実、佐藤さんのブログには、今年、大衆にも分かりやすい形で台頭してきた新たなパラダイムを、前もって言い当てているエントリーが、多数並んでいます。   佐藤航陽のブログhttp://katsuaki.co   例えば、2014年7月7日 に投稿されているエントリーで、すでに、「価値主義」を提唱なさっておられました。   ポスト資本主義社会を考えてみた:『価値主義』と『情報経済』   ”情報技術の普及と共に「お金」を中心とした資本主義から貨幣換算が難しい「価値」を中心とした社会に移りつつあるとすれば、これをとりあえず「価値主義」とでも呼んでおくことにします(安易なネーミングw)。”   僕が、面白いと思う佐藤さんの考察の中で、経済の構造を、自然の構造と仮説し、掘り下げている箇所があります。   ”経済が自然を模した仕組みでありその一部であると捉えた時、自然の構造をより深く考察してみたくなりました。  自然がここまでバランスよく成り立っている要因としては、前述の「極端な偏り」「不安定性・不確実性」というネットワークの性質に加えて、さらに3つの特徴があげられます。”   僕は、タレブが提唱する「反脆弱性」に没頭しているせいか、この考察に、とても惹かれました。   ”「絶えずエネルギーが流れるような環境にあり、相互作用を持つ動的なネットワークは、代謝をしながら自動的に秩序を形成して、情報を内部に記憶することでその秩序をより強固なものにする」”   本書で述べられている価値主義に則れば、これから、どのような志向性を持つことが、生きやすいのか?という問いについて、一定の示唆を得ることが出来ると思いますが、僕が言うには、改めて、「反脆弱性」を意識し、身につけていくことが肝要なのだと思うに至りました。     ”ネットが十分に普及した世界では、「どれが一番正しいのか?」という考え方ではなく「どれも正しい、人によって正解は違う」という考え方が徐々に受け入れられても良いはずです。1つに統一しなければいけないというのは、レイヤー化された世界が技術的にありえなかった過去の時代の考えです。  つまり、私たちがどんな職業につき、誰と結婚して、どんな宗教を信じ、どんな政治思想を持つのも個人の自由であるのと同様に、何に価値を感じて、どんな資産を蓄え、どんな経済システムの中で生きていくのかも自分で選んで自分で決められるようになっていく。私たちはその過程にあります。  そこでは優劣を決めようとしたり自分の基準を他人に押し付ける必要は全くなく、ただ個人が自分に最も適した経済を選んでいくという「選択」があるだけです。”   自分が、経済を選べる存在なのだ、と認識できたとしても、「反脆弱性」を身につけることが出来ているかどうかによって、自己選択したパラダイムの中で、より幸福感を得やすいかどうかが決まるのではないかと思うのです。   これは、今の僕が、言語化できる範囲で、とても便利な表現であると認識しているからなのですが、僕にとっては、以下のような習慣を持つことこそ、「反脆さ」を創り上げる最上の方法なのではないかと考えます。   ”何かの疑問が浮かんだら、それに関する情報をかき集めて読み漁り、自分なりの仮説を立てて、試してみる。そうすると次の疑問が浮かんできて、同じようなことを毎週繰り返していく。休日に情報を整理し仮説を組み立てて、平日は実務を回しながら検証を行い、また休日には平日に得た結果を元に次の疑問と次の仮説に繫げていく。 ”   ”掘り進めていくと何か重要なものが隠れているような感触がありますし、皮を剝いては玉ねぎの芯に近づいているような気分でもあります。根気よく続けていくと、たまに非常に重要な法則性が見つかったり、全く関係ないように見えていた様々なものに普遍性があったり、自分の偏見や常識が覆る場面に遭遇します。そんな気づきを得られた瞬間は毎回とても衝撃的です。自分が世界の真実に直に触れたような感覚になり、そこで得た気づきをすぐに試してみたくなったり、そこから派生する別の疑問が湧いてきたりと、まさに本書でも紹介したように快楽物質がドバドバと分泌されている状態です。  その体験を通して得られる刺激が大きすぎて、それに比べると日常生活で感じる快楽は非常に色褪せた退屈なもののように映ってしまっていました。これがこのような生活に没頭し続けていた理由です。”        

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テクノロジーは人類をより幸せに出来る~ウェルビーイングの設計論 ―人がよりよく生きるための情報技術~

  ”人間がよりよく生きるとはどういうことだろうか? 心という数値化できないものを、情報技術はどうやって扱えばよいのだろうか? 本書は、このような問いに答えようとする者に対して、示唆に富んだヒントを与えてくれるだろう。(「監訳者のことば」より)”     どういう事業を創りたいのだろう?「したい」ことよりも、「すべき」ことを優先することが多かったし、今でも多いのですが、最近は、使命感を抱きながら、仕事に取り組めることが増えてきたように感じています。   もともとポジティブ心理学のような学術領域には興味があって、いくつか書籍を読み込んできましたが、今年、本格的に、福祉業界に関わり始めたことで、IT業界、ゲーム業界で培ってきたことが、もっと人の役に立てる方法があるな、と思うことが増えていました。そのような関心のコンテキストから、この本と巡り会いました。       ”動機づけとウェルビーイングは、緻密に混ざりあったものだ。動機づけは、何であれポジティブな行動を取るための基本となるものであり、やる気がないということは気分が落ち込んでいる証でもある。やる気に満ち溢れた人生は、それがない人生よりも豊かであるのは明らかだ。”     ”動機づけとは、何かしらの行動を起こすきっかけである。そしてその行動が、“継続したい”という衝動によって維持されるとき、私たちは「没頭」している状態にあると言える。”   動機付け、モチベーション、そのものを目的にすると、陳腐な議論も、ウェルビーイングを実現するために、必要なこととすると、なんだか扱い方が変わるから面白い。   ”随伴的に報酬を与えること(「これができたら、これがもらえるよ」という形で報酬を与えること)は、それ自体が楽しいはずのものを仕事にしてしまい、内発的動機づけを次第に低下させ、ついには、私たちが動機づけられるために常に報酬が必要となるかもしれない。内発的動機づけは、質の高い学びや、自分の能力の知覚、持続力、創造性、ストレスへの肯定的な対処、そしてウェルビーイングと結びつくものである。それを妨害することは生産的でないだけでなく、巷で言われているように、社会に広がる問題を引き起こす要因ともなりえるのだ。”   ”今日のテクノロジー・デザインにおいて、あらゆるタイプの内発的・外発的動機づけが最も明確な形で実装されているものはゲームであり、ゲームの構造をゲームでない場面に応用すること、つまり、「ゲーム化(gamification)」が行われている。情報技術や研究に関する顧問会社であるガートナーは、「2014年までに50%以上の組織が、イノベーションの過程をゲーム化しているだろう」との見解を発表した。ゲーム化は、内発的動機づけを損なうこともあるだろうが、それと同時に、本来はつまらない課題に「楽しみ」の動機づけを加える効果的な方法として、多くの用途で使用される可能性がある。また、能力の成長を教えてくれるフィードバックとしても機能するかもしれない。”   僕たちは、今、福祉×ITを標榜し、新たな価値を創ろうと向き合っているところですが、ゲームの力を、福祉の現場に持ち込むことで、より良い影響を創ることが出来るということにも、注目し始めていました。   旧態依然とした福祉業界においては、支援する側も、支援される側も、みなさんにとっての当たり前が横行していて、新しいことに挑戦しづらい空気があるのですが、IT業界や、ゲーム業界における動機付けやモチベーションの力で、大きな変化を創っていけるのではないかと思っています。   ”単純に言ってしまえば、固定的マインドセットを持つ人は、自身の能力は生得的な才能に基づくものであり、知性は生まれながらにして与えられたもので、変えることはできないと考え、対照的に成長的マインドセットを持つ人は、自身の能力は時と共に発達し、向上させることができると考える。後者の考えは、神経的可塑性や後生的遺伝学の最近の発見とも合致するものである。このような、私たちが私たち自身をどう捉えるかについての2つの微妙な違いが、行動やウェルビーイングにおいて決定的な違いをもたらすのだ。”     ”自動ケアシステムの開発が増えている。その主な目的は、一人暮しの高齢のユーザーに交流を提供することだ。そのようなエージェントは、心身の健康に関する指導や、認知処理を活性化する活動を提供するかもしれないが、同時に、ユーザーに“社会的サポートを得ている”という感覚を与えることを目的として、多種多様な社会行動に従事させる。社会的サポートを得ているという感覚は、一人暮しの高齢者の死亡率を減少させる重要な要因であることが示されている。ある研究では、孤立した高齢者にこのようなコンパニオン・エージェントを提供すると、一週間後の孤独感が低減することが示された。また、エージェントに対して頻繁に話しかけたユーザーほど孤独を感じにくいこともわかった。”   最後に、本書を紹介してながら、議論を掘り下げているコラムを見つけたので、ご紹介。   複雑化する社会を良く生きるためにテクノロジーでできること ”この本は作り手側の本ですが、作り手だけがウェルビーイングを意識していたら、ウェルビーイングのプロダクトにならない気がするんです。 ユーザー側にとってもウェルビーイングです、となるためには、ユーザー側と作り手側の両方が透明性を確保して、このマップを共有しておく必要があるのではないですか?”   かなり読み応えのある論考でした。実社会に導入する、浸透させていく上で、どのような課題があるのか、多角的な視点で考えさせられました。  

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意識的に激し過ぎる波に乗って流されてみる。~デジタル・ゴールド--ビットコイン、その知られざる物語~

  2017年6月前後、VALUというサービスが流行った。トレード経験もなく、ビットコインを触ったことのない人たちが、本当に気軽に、まるでゲームをプレイするかのような感覚で、遊んだ。   それはまるで宝探しのようで、自分が見つけ出したレアカードが、驚くべき価値をつけた。面白いものが好きで、フットワーク軽く動いた人たちが、この恩恵に預かっていた。ただのゲーム感覚で始めたVALUによって、ビットコインと出会った人たちが、仮想通貨、暗号通貨の世界に入っていく。   時を同じくして、アルトコインブーム直後、イーサリアム、リップルなどを保有していた人たちが、何倍、何十倍に資産を増やし、億り人となったという伝説が、ツイッターで雨後の竹の子のように現れてくる。そしてまた同時に、ICOブームが訪れ、一攫千金を夢見る人たちが、とてつもない熱狂を生み出していた。それも世界中で。   IoT、ロボット、AI、VR、同時多発的に、とてつもない技術進化が起こっていて、人類史上、類を見ない速度で、世界が変わり続けている。   あらゆる分野に精通し続けることは難しいかもしれないが、意識的に、この激しい潮流に、乗ってみて、流されてみて、と、自分の経験値にしていきたい。非脆弱性を育て上げていくことを楽しんでいこう     ”現代社会でもっとも強大な制度に戦いを挑もうとする性質から、熱狂的支持者は当初からビットコインをユートピア的な言葉で語ってきた。インターネットが巨大メディア組織から権力を奪ってブロガーや異端分子にそれを与えたように、ビットコインは金融機関や政府から力を奪い、個々のユーザーに与える、と。”     ”ブロックチェーンは単なる技術じゃない。社会現象よ”      

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短い人生を堪能する暇を創る~過去と、現在と、未来~

              昨晩、仲間と飲んでいて、思い出した話。過去と現在と未来との付き合い方。僕は、最近になって、ようやく、過去を味う時間を持とうと決心した。これまで、過去を疎かにして来た。ほとんどの時間、未来に思いを馳せ、現在を生きてきた。僕は過去の思い出を、本当に、よく忘れてきた。いつ、どこで、誰と何をしていたか、ほとんど思い出すことが無かった。しかし、今、僕は過去を振り返る時間を持つことにしている。短い人生を堪能するためには、時に、過去を振り返る暇を創ることが大切であると信じている。     ”人生は、三つの時に分けられる。過去と、現在と、未来だ。これらのうち、われわれが過ごしている現在は短く、過ごすであろう未来は不確かであり、過ごしてきた過去は確かである。過去が確かであるのは、そこには運命の力が及ばず、だれの自由にもできないからだ。”     ”ところが、そのような過去を見失ってしまうのが、多忙な人たちなのである。なぜなら、彼らには過去をふり返る暇がないし、かりに暇があったとしても、悔やんでいることを思い出すのは不愉快なことだからだ。それゆえ彼らは、うまく行かなかった時間を思い出すのを嫌がり、あえてふり返ろうとはしない。たしかに、今は、なにか楽しいことをすることで、彼らの欠点は、その悦楽の影に隠れているかもしれない。しかし、その時間を思い出せば、欠点は、その姿を明白に現わすのだ。”     ”時間に向き合えない人の人生は短く、不安に満ちている  これに対して、過去を忘れ、現在をおろそかにし、未来を恐れる人たちの生涯は、きわめて短く、不安に満ちている。この哀れな人たちは、死が間近に迫ってから、自分が長い間ただ多忙なばかりで、なにも意味のあることをしてこなかったことに気がつく。しかし、そのときにはもう手遅れなのだ。”        

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激動の時代だからこそ、多動性は腹の括り方で大きなチカラになる。~多動力、堀江貴文~

      長い間、あれこれ手をつけることに後ろめたさを抱えていた。けれど、この本を読み、この本の盛り上がり(流れを作っている人たちがいるわけだが)に後押しされ、自分が本気を出せていること前提で、あれこれ仕込むことに真摯に向き合えるようになった。   賛否様々な堀江貴文さん節が炸裂している、この書籍で主張されているような多動万歳スタンスを、いわゆる日本人的な社会では、「世間的」な何かに囚われ、意識的、無意識的を問わず、素直に受け入れられてない人もいれば、まさに自分のことじゃないか!?と意気揚々と自己肯定感を増すことになった人たちもいるだろう。   いずれにせよ、結果的に、最近の僕にとっては、自己否定せざるを得ないような現状を打破し、迷いなく、限られた時間を最大限に捻出して、あれこれと動き回って1つ1つ真摯に仕込んでいこう!と腹を括れた。     ”一歩踏み出したせいでみっともない失敗をしたとしても、そんなことは3日もたてば誰も覚えてはいない。恥をかく勇気、失敗する勇気さえもてば、どんどん免疫ができてリスクを取ることを恐れなくなる。この勇気をもつことが何よりも重要なのだ。今、この瞬間から周りの人の目を気にするのをやめよう。君の頭の中が、他人の振る舞いや失敗のことでいっぱいにならないのと同じように、周りの人は君のことなんてまったく気にしていない。外野の雑音なんて気にせず、君は飄々と我が道を進めばいいのだ。 「多動力」を身につけるには、どんな知識や仕事術を身につけるより、「感情」のフィルターを外すことが先決だ。”   分かっちゃいるけど、それを自覚できたからと言って、一体どれだけの人間が、アクション出来るだろうか。   ”誰よりも早く手を挙げ、「まだ形になっていないプロジェクトを成功させてやる」というリスクを取れる人間こそが貴重なのだ。学校の授業を思い返してみても、シーンとしたクラスで一番最初に手を挙げるのはとても勇気がいる。たとえ素っ頓狂な意見であっても、膠着状態を破り、一番最初に手を挙げて意見を言える人間は、それだけで価値がある。一人が手を挙げれば、あとの人間も手を挙げやすくなる。 「一番最初に手を挙げる」人間が組織の中に何%かいるだけで、その組織は見違えるほど活性化する。”   簡単に言うけれど、要するに、これが簡単じゃない、ということ。こういうことが出来る人こそがマイノリティである、ということ。   ”AIやロボットが人間の仕事を代替するようになったときこそ、「一番最初に手を挙げるバカ」の存在は輝きを増す。アルゴリズムや常識からかけ離れたクレイジーな発想から、爆発的におもしろい仕事が始まる。 「あいつはいつも一番に手を挙げる」と呆れられるほどのバカになろう。”   今まさに、革命的な時代に突入しているとしか言いようがないわけで、それゆえに、どんな特性が、この時代に必要とされるか、と問い続けた末に、この「多動性」がクレイジーな発想と行動力を与えてくれるはずだ、と考えて間違いないと確信している。   多動力、オススメです。    

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未知に対応するチカラ、反脆弱性という気質。

  ”反脆いものはランダム性や不確実性を好む。つまり、この点が重要なのだが、反脆いものはある種の間違いさえも歓迎するのだ。反脆さには独特の性質がある。反脆さがあれば、私たちは未知に対処し、物事を理解しなくても行動することができる。しかも適切に。いや、もっと言おう。反脆さがあれば、人は考えるより行動するほうがずっと得意になる。ずば抜けて頭はよいけれど脆い人間と、バカだけれど反脆い人間、どちらになりたいかと訊かれたら、私はいつだって後者を選ぶ。”     反脆弱性!?この言葉を大学を含めても学校教育において、学習したことがある日本人は、ほぼいないかと思います。普通に考えると、「脆い」の反対は「硬いもの」「頑丈なもの」という言葉が頭に浮かんでくるのではないでしょうか。   ”頑健なものや耐久力のあるものは、変動性や無秩序から害をこうむることも利益を得ることもない。一方、反脆いものは利益を得る。だが、この概念を理解するまでには少し労力がいる。人々が頑健だとか耐久力があるとか呼んでいるものの多くは、単に頑健な(耐久力がある)だけだが、残りは反脆いのだ。”   難しいですよね。。。ちょっと、自分で説明するよりも、プロの方の説明を引用させて頂いた方が良い気がしてきました。   ””衝撃を利益に変えるものがある。そういうものは、変動性、ランダム性、無秩序、ストレスにさらされると成長・繁栄する。そして冒険、リスク、不確実性を愛する。こういう現象はちまたにあふれているというのに、「脆い」のちょうど逆に当たる単語はない。本書ではそれを「反脆(はんもろ)い」または「反脆弱(はんぜいじゃく)」(antifragile)と形容しよう。  反脆さは耐久力や頑健さを超越する。耐久力のあるものは、衝撃に耐え、現状をキープする。だが、反脆いものは衝撃を糧にする。この性質は、進化、文化、思想、革命、政治体制、技術的イノベーション、文化的・経済的な繁栄、企業の生存、美味しいレシピ(コニャックを一滴だけ垂らしたチキン・スープやタルタル・ステーキなど)、都市の隆盛、社会、法体系、赤道の熱帯雨林、菌耐性などなど、時とともに変化しつづけてきたどんなものにも当てはまる。地球上の種のひとつとしての人間の存在でさえ同じだ。そして、人間の身体のような生きているもの、有機的なもの、複合的なものと、机の上のホッチキスのような無機的なものとの違いは、反脆さがあるかどうかなのだ。”” 引用:『ブラック・スワン』のタレブ最高傑作! 不確実性を利益に変える劇薬「反脆弱性」とは?       本書は、非常に長く深く濃厚で、かなりの時間をかけて読み込んだのですが、まだまだ概念として頭の中に余韻しているものの、正直、消化し切れていないというのが本音です。   しかしながら、読後に誓ったことは、『物事を理解してから行動しようと考えていては、いつまでたっても何も成し遂げることが出来ない。考えるよりも行動する方が得意だと自負するためにも、この反脆弱性という性質、気質を身に着けていきたい!』ということでした。繰り返し繰り返し読みたい一冊です。   ”トップダウン的なもののほとんどが脆さを生み出し、反脆さや成長を妨げているとすれば、ボトムアップ的なものはみな、適度なストレスや無秩序のもとで成長する。発見、イノベーション、技術的進歩のプロセス自体を担っているのは、学校教育ではなく、反脆いいじくり回しや積極的なリスク・テイクなのだ。”     ”少ないほど豊かだ。そして、ふつうは少ないほど効果的だ。そこで、私は本書でほんのいくつかのコツ、指針、禁止事項を提案したいと思う。理解不能な世界をどう生きるべきか。いやむしろ、絶対に理解できない物事に臆することなく対処するにはどうすればよいか。もっと原理的にいえば、そういう物事にどう対処すべきか。さらにいえば、自分たちの無知に面と向かいあい、人間であることを恥じることなく、人として積極的に堂々と生きるにはどうすればよいのかを提案したい。だが、それにはちょっとした構造的な変化が必要かもしれない。 私が提案するのは、人工的なシステムを修正し、シンプルで自然なシステムに舵取りを任せるためのロード・マップだ。”     ”イノベーションを起こすには? まず、自分からトラブルに足を突っこむことだ。といっても、致命的ではない程度の深刻なトラブルに。私は、イノベーションや洗練というものは、最初は必要に迫られて生まれると思っている。いや、そう確信している。最初の発明や何かを作ろうという努力が思ってもみない副作用をもたらし、必要を満たす以上の大きなイノベーションや洗練へとつながっていく。”          

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有意義な仕事というのは

  ”有意義な仕事というのは、大好きなことをするだけでなく、世界に報いるものでもある。このふたつが組み合わされば、人が普通に持つ優れた点が発揮され、ビジネスにもプラスとなる。”   http://amzn.to/2tziC10   レスポンシブル・カンパニー

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未来は変えられる。運命なんてものはない。自ら作り上げるものだ。~AI時代の勝者と敗者~

      2~3年前の自分が、ここまで多岐にわたる技術的変化の数々に対して、ほとんど何も準備することが出来なかったことに強い後悔を覚えている。確かに小さな兆しは、そこかしこに存在していた。必死に沢山のことに興味を持ってきたつもりだった。何十冊と慣れないタイプの書籍を読んできた。にも関わらず、何らかの具体的な仕込みがあったわけでもなく、ゆえに何らかの果実を手にしたわけでもない。つまり、「知っている」だけでは役に立たない。いかに自分が知識を行動に落とし込めていないかを痛感せざるを得ない事態が、この身の上に降り掛かってくる。   しかしまた同時に、もしも、この急激な社会変化を軽視していれば、「後悔」することさえなかったのかもしれない、とも思う。相当数の未来予測系書籍、最先端テクノロジー系書籍をマークしてきたからこそ、自分の不遜さを猛省することが出来ているとも言える。「まだ時間がある。自分は大丈夫。人間らしい仕事は残るはず。」今の自分には、その種の楽観的なスタンスよりも、予測不可能とも思える指数関数的な変革の時期に、ある程度の悲観的な態度で、自分の人生や自分たちのチームに責任を持つべきであろうと考えを改めるべきかもしれない。     ””自動化は、人間の仕事を奪っていく。体系化できる仕事ならすぐにコンピュータに置き換え、人間の仕事を徐々に削り取っていく。コスト削減だけを目的にしており、管理者は現状以上の仕事をしようとは考えない。対照的に拡張は、人間と機械が個々に行っている仕事を、両者が協力してさらに発展させていく方法を探る。その意図は、コストも手間もかかる人間の仕事を減らすことにはない。人間の仕事の価値をこれまで以上に高めることにある。””     ””今日、機械の台頭を怖れている知識労働者は多い。彼らの仕事を奪おうとするこの前例のないツールの可能性を考えれば、不安に思うのも当然だろう。だが、身のまわりで大規模な変化が展開されていたとしても、自分にはどうしようもないと考える必要はない。私たちが取るべき手段はある。私たち自身が優秀なものに仕立て上げた機械と新たなプラスの関係を築けるかどうかは、私たち次第である(一人ひとりという意味でも組織という意味でも)。人間と機械の力を組み合わせれば、それぞれの職場もこの世界も、かつてないほど過ごしやすい場所にできるのだ。””     ”” AI時代の到来を恐れることはない。むしろ機械の進化によって私たちはより人間らしい生き方を享受できると考えるべきである。しかしそのためには、学習から得た知識だけでなく、経験から身につけた感性をより豊かにする努力が必要である。そしてスマートマシンが「人の仕事の自動化」のためのものではなく、「人の能力の拡張」であるととらえることにより、各々にとってのAI時代の勝者となるための道標が見えてくるであろう。””     今では、機械に取って代わられにくい「人間らしい」仕事に固執するよりも、上手く機械と協力していく道を選ぶべきという主張が最も腹落ちする。本書は、人間と機械が協力し、お互いの能力を発展させる方法を解説してくれる。機械に仕事を奪われるという思考停止的な論調で終えず、いかに機械と協力し、人間の仕事の価値を高めていくか、真剣に向き合わせてくれる。「人間らしさ」を追求するだけでなく「機械らしさ」を学び、実際に協力方法を模索し、実践していくことで、次の2~3年後には、「ああ、あの当時(2~3年前)、あのような決意をし、学び続け、行動し続けられたおかげで、いくつも仕込み、いくつもの果実を手に入れることが出来ている」そのように発言できるようありたい。       ””スマートマシンの導入がプラスの結果をもたらすと考えたい。それには、現状への危機意識を高め、結果がプラスになるような決断を下すことが重要だ。ボストロムは、「解決するチャンスが何度も巡ってくるわけではない」から、すぐに重大な選択をしなければならないと考えているようだが、筆者はそうは思わない。一般的に、変革の時期の混乱を最小限に食い止めるには、長い時間をかけて変化させることが必要になる。カリフォルニア大学バークレー校でAIを研究するスチュアート・ラッセルは、スーパー知能を持つコンピュータは人間にとって脅威になるかと尋ねられ、こう答えている。「人工知能は、天気のように、晴れればいいなと思いながらただ眺めているだけのものとは違います。それがどんなものになるかは、私たちが決めるのです。したがってAIが人類にとって脅威となるかどうかは、私たちがそうするかどうかによります」。ラッセルは、楽観的な考え方をしているわけではない。AIを脅威としない方向へ進むよう呼びかけているのだ。””       The future is not set.There is no fate but what we make for ourselves.(Terminator 2 / Kyle Reese) 「未来は変えられる。運命なんてものはない。自ら作り上げるものだ。」 (映画「ターミネーター2 特別編」/カイル・リースのセリフより)           目次   序 章 あらゆる仕事で機械との競争が始まったスマートマシンの発展により、知識労働者の仕事が危機にさらされている。 … Continue reading 未来は変えられる。運命なんてものはない。自ら作り上げるものだ。~AI時代の勝者と敗者~

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楽観主義のほうが結局は時代を制する ~マッキンゼーが予測する未来_近未来のビジネスは、4つの力に支配されている。~

        ””生存のカギは、好奇心と学ぶ気持ちとを組織の中に埋め込むことだ。急速な変化の時代には、停滞して犠牲となった企業の例は数知れないが、その中で生き残りに成功しようというリーダーは、経営に関する教祖的存在であるトム・ピーターズが言ったように、「私たちはかつてそうであったことがそもそもないのだから、今こそ本格的に学ぶ学生になりなさい」という教えに適応しなくてはならない。常に変化しているトレンドの海を、理解し、モニターし、航海していく能力は、将来必ず大きな見返りをもたらしてくれるに違いない。””     はたして、好奇心を維持し続けられる人と、そうではない人の差はどこにあるのだろう?人間という生物が、本能的にコンフォートゾーンから出ようとしないことは言うまでもないことかもしれない。ただ、これだけ急激に変化を繰り返し、指数関数的な速度とスケールで技術革新が生み出される現代において、企業のリーダーを務めている人間にとっては、絶え間なく、最新のトレンドをキャッチアップしようとする努力が不可欠であると思われる。   僕は、その好奇心が、悲観的な危機意識から発するものであろうと、有望な機会に発するものであろうと、どちらでも良いと思っている。どんな形であれ、学び続ける組織、チームを創るというチャレンジから逃げ出してはならないと、改めて決意を強固にするばかりだ。     ””最も重要な点として、どのリーダーも、これからの時代がもたらす有望な機会にではなく、さまざまな危険に焦点を当ててしまいがち、という誘惑に打ち勝たなくてはならない。今日の世界を見回してみると、悲観論に傾きがちな理由は十分にあり、とくに地政学的な視点から見るとその傾向が強い。2008年のリーマンショックによる金融危機や、若者の失業率の激増といった身を焼かれるような経験が、著しいやけどの痕を残してしまっているのかもしれない。しかし近年、たしかに悲観論者の肩を持ちがちな時期は多かったものの、数多くの指標の長期トレンドを見ると、右上に向かっていることを指摘しておきたい。 大恐慌が世界中に拡散した1930年に、イギリスの偉大な経済学者、ジョン・メイナード・ケインズは、100年後には先進国の生活水準は現状の4倍から8倍になっているだろう、との大胆な予想をした。そして、大恐慌、膨大な破壊をもたらした世界大戦、そして長い冷戦の時期を経て、ケインズの楽観的予想の上限値が結果として今日、私たちの世界の現実となっている。””     ””過去のトレンドが破壊される時代であっても、楽観主義のほうが結局は時代を制する、と私たちは確信している。作用しているさまざまな力のおかげで、私たちの住む世界は、10年後あるいはそれ以降には、今よりももっと良い世界になっているだろう。私たちが今まさに目にしている数々の変化の持つ規模と永続性を理解する人は、それに従ってぜひご自分の直観力をリセットし、新しい世界を形作る機会を見つけ、繁栄につなげていただきたい。””     目次 イントロダクション我々は、直観力を リセットしなければならない 第Ⅰ部 4つの破壊的な力第1章 上海を超えて・ 異次元の都市化のパワー・ どこかにある名前も知らない都市・ 世界経済には重心があり、移動し続けてきた・ 都市化の世紀・ 都市の高すぎる利便性・ 新たな都市化の時代を攻略する5つのカギ 第2章 氷山のひとかけら・ さらに加速する技術進化のスピード・ 難攻不落のビジネスモデルが崩壊するとき・ イノベーションが頻発する時代・ 過去のトレンドを破壊する力を持った12の技術・ デジタル化された無限の情報こそが共通項・ 技術の普及スピードの加速化・なぜそれが問題なのか・ 技術的転換点に適応する5つのカギ 第3章 年齢を重ねる意味が変わる・ 地球規模の高齢社会の課題に対処する・ アフリカ以外のすべての国が高齢社会に突入する日・ 世界中で低下し続ける出生率・ 世界人口の成長率は急速に低下する・ 2030年、世界34の国々が「スーパー老人国」となる・ 労働力の老化と縮小への対応・ 年金をめぐる構造変化・ 高齢化トレンドに適応するための3つのポイント 第4章 貿易、人間、金融とデータの価値・ 音速、光速で強く結び付く世界 クモの巣のように広がる世界経済・ 新たなグローバル化の潮流1—モノやサービスの貿易・ 新たなグローバル化の潮流2—金融マーケット・ 新たなグローバル化の潮流3—移り住む世界の人々・ 新たなグローバル化の潮流4—データと通信・ なぜそれが重要なのか・ 相互結合の強まった世界に対応する4つのポイント … Continue reading 楽観主義のほうが結局は時代を制する ~マッキンゼーが予測する未来_近未来のビジネスは、4つの力に支配されている。~

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時代の中で自分らしく生きる~超AI時代の生存戦略~

      最高に美味い肉を思い出す。口に入れた瞬間、深い幸福感がこみ上げてくる。絶妙な噛み心地。とろける。口の中で蕩け体内に吸い込まれていく。あまりに感動的で、緩りと味わいたいが、止まらない。最良の読書体験とは、こういう類のものなのかもしれないと感じる。 本書は、落合陽一さんの「魔法の世紀」、「これからの世界をつくる仲間たちへ」に続くもの。       どんな書籍にもおいてもありがちなわけですが、読了後、どんな香ばしい余韻が残っても、アクションに繋がらない、というマジョリティにとっての課題がある。きっと多くの読者は、著者のスタンスにインスパイアされながらも、実際にどのようなところから手を出し始めれば良いか、うまく表現できずにいるだろう。 本書を他の書籍と圧倒的に分け隔てる魅力は、大袈裟で独りよがりの軍師的先導者としての主義主張ではなく、誰よりも著者自身が体現者であり最先端で実践を繰り返しているところにある。それゆえか、書籍ごとに著者の成長の過程も垣間見える。さらに著者が大前提にしているような時代背景も急激に追いつき始めていて非常に面白い局面にあると思う。 例えば、 ””「AIはAIとしての仕事を、人間は人間らしいクリエイティブな仕事をすればいい」という論調が僕は嫌いだ。 この論調は思考停止に過ぎず、クリエイティブという言葉であやふやに誤魔化すことで、行動の指針をぼやかす。つまり、この論調で語る人は、要するに「何をしたらいいかわからない」、ということであって、これは多くの企業担当者も同様の発言をしやすい。 ”” 急激に変化する世の中においては、著者が言うところの「思考停止」的論調が確かに多い。   ””ここでいうクリエイティブという言葉が絵を描くこと、言語を綴ることだとしたら、すでにディープラーニングを含む、多くの機械学習手法は様々な絵画技法の生成に寄与している。また企画書を作るようなことだったら、企画のサンプル数が十分にあれば、これもまた近い将来に実現することができるだろう。官公庁の発行する計画のほとんどはバズワードと時流の確認だ。機械はバズワードの組み合わせを作ることやトレンドを分析することに関しては非常に優れている。”” すでに機械は人間よりも人間らしい作品、いわゆるクリエイティビティの高い作業を、淡々とこなし始めているというわけである。   ””この構図はコンピュータ親和性の高い専門家の能力がさらにクリエイティブになったということができる。つまり、コンピュータ親和性の低いクリエイターの持っているクリエイティビティよりも、コンピュータ親和性の高い人間のもたらすクリエイティビティが大きく成長しているのが現代であり、先ほどの論調を言い換えるなら、AIで自動化できる仕事をその地位に就いている人間から奪い、そこでできた余剰の資本を人機一体によりさらにクリエイティブを加速させ、他のコンピュータ親和性の高い専門家に注入して、より大きな問題を解決していこうとしている。”” このような「真実」から逃げ出さず、「真実」を真摯に受け止め、喫緊に迫り来る新たなパラダイムに備えようと動き始めている人は、どれほどいるだろうか。 ””全世界の他のすべての人と比べて「自分らしい」というのと、あるコミュニティの中で「自分らしい」というのを比べると、後者のほうはすぐに実現可能だから、人はコミュニティに逃げ込みやすい。一度枠でくくってしまえば、おのずと特徴が出てくるからだ。つまり、何者かになろうとすることが善であるような考え方に支えられた人間性を持ち続ける必要はない。””   ””一方で、全世界において自分らしい、オリジナルであるというのはかなり大変なことだ。グローバル社会ではなく、日本の中だけを見ていけばよかった時代であれば1億分の1の自分らしさであればよかったのが、今、全世界70億人の中で自分らしくないといけない。技術は発展するし、個性は無数に存在する。そうなると、日本ではオリジナリティが高いと考えられている文化人や著名人ですら自分らしさを保つことは難しいだろう。世界的セレブリティや実業家に誰しもがなれるわけではなく、グローバルに考えれば、たとえばみのもんた氏はいくつかのギネス記録をもち、「クイズ・ミリオネア」が世界中で放映されていたうちの日本ブランチの司会者を務めていた人、ということになる。””   ””そう考えると、今の私たちの意識がコミュニティに分かれるのは必然だ。逆に言うと、どこかにコミュニティを作って、そこで自分らしければいいのではないかという「世界を狭める考え方」をすれば、自分らしさが定義できる。つまり、コミュニティを決めるほうが自分らしさを探すことよりも重要なのかもしれない。また、戦略的にはコミュニティを探すのではなく、コミュニティを作る発想が重要であるのは、ブルーオーシャン戦略の基本である。””   確かに比較相手を変えていく必要がある。結局のところ人間の幸福は相対的なものであるから、誰とでも比較できるようになった社会のせいで、「自分らしさ」というのも、すなわち「アイデンティティ」というものの在り方が、急激に変容していかざるを得ない。   ””「相対的な中で自分らしいことを考える」という考え方だと、重要なのは「時代性」の側に常にいることだ。時代はステークホルダー(利害関係者)と技術的世紀によって成り立つ。その時代のテクノロジー水準に、競争で勝てる人間だけが価値を提供できたという結果だ。しかしながら、個人が時代性を意識して自分らしく生きるということは、かなり高度なスキルになる。”” ””そのような時代という観点では、世の中のグローバル経営者やトップランナーは時代を読み続けているのであるが、「時代の中で自分らしい」ということを目指せれば、グローバルの自分らしい人間に、そうでなければ、コミュニティ選びのほうが重要になるだろう。その決断に優劣はない。””   ちょっと勇気が出て来る。ちょっと希望を感じられる。ただ不勉強な人間を罵倒するでもなく、同時に、とはいえ、多少は考えて生きろよ!と鼓舞してくれる。   と、まだまだ紹介したい名言が溢れている。1つの書籍を1度しか紹介してはならない理由なんて無いなんてことを感じさせてくれた本書。何度も繰り返し、考えて触れていきたい。とてつもない速度で、僕達の世界が変化していることは何となく分かっているけれど、、、どう自分が行動していけば良いか、と迷走気味の方にとって、心地よく背中を後押ししてくれる超おすすめ本ですね。    

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変化適応し続けることを楽しめるように~人工知能が変える仕事の未来~

      ブームや流行とは呼び辛いくらいに人工知能的なものが社会に進出し始めている中で、マジョリティの意見は、「理系優位論」が横行しているように思いますが、本当にその通りなのでしょうか。確かに、AI(エンジニア)に興味を持つことは、ウェブ(エンジニア)に興味を持つことよりも、ずっとハードルが高く、取っ付きにくいイメージがあるでしょう。実際のところ、例えば、PHPと言った言語を学ぶよりも、機械学習や深層学習のようなものを本質的に理解することは実際に難しいと感じていますが、皆さんはどうでしょうか?   例えば、本書で紹介される「データサイエンティスト」は、以下に触れられているように、少々、極端な表現が含まれているものの、要するに、このようなハイレベルなスキルが求められているとすると、いわゆる一般的、平均的な人たちが挑戦しようと思えるのか、という問いは、とても重要なものに思えてきます。   ”「データ・サイエンティストに求められるスキルとは、どのようなものなのだろうか。ダベンポート博士によると、それは大きく分けると、技術、ビジネス、分析、そして人間関係の4つだという。  技術は、コンピュータを使いこなす能力を指す。ビッグデータを扱うため、大容量データを効率的に処理するシステム環境の構築から、データを処理するプログラミングまで、相当に高度なスキルが要求される。  単にデータを処理するわけではない。ビジネスの現実を知らなければ、新しいことを考える方向性を見誤ってしまう。ビジネスを知り、正しく分析することが要になる。この、ビジネスと分析の能力は、いわゆるビジネスアナリストの役割と似ている部分だろう。  最後に人間関係(コミュニケーション能力)を取り上げた視点が面白い。従来型のビジネスアナリスト像を語るとき、人間関係はビジネススキルの範疇にあった。それをわざわざ独立させたのには意味がある。ビジネスアナリストは意思決定者とコミュニケーションできれば問題なかったが、データ・サイエンティストはそれに加えて製品マネージャーや企画幹部、サービス所長、チームメンバー、そして顧客など、幅広い人々と意見を交換する必要があるためだ。  これら4つの能力を兼ね備えた人材は、現実にはほとんど存在しない。そこで多くの企業は、データ・サイエンティストのチームを編成する。たとえば、GEは400人のデータ・サイエンティストを抱え、彼らを複数のチームに分けてさまざまな事業分野の分析を行っている」。”   しかし著者は、理系的人財を賞賛する派ではなく、むしろ文系的人財および芸術系の人財こそ重要であると示唆してくれています。   ”『文系、人文科学系、芸術系の人材育成こそ重要』文系学部、特に、社会科学系より人文科学系、そして芸術系の学部こそ育成し、振興しなければならないでしょう。自然科学・工学系でも、AIの出来損ないのようにゆっくり不正確な計算をする人材ではなく、最高度に洗練されたディープラーニング応用システムのように、大局観をもち、上司や組織のリーダーの予測もつかない提案を出し、ビジョンを描き、あとからじっくりそれが理解されるようなミニ天才を多数輩出すべく、創造性を引き出す教育に大きく舵を切るべきでしょう。  天才が多く生息していそうな芸術系学部の強化、定員増にも力を入れるべきでしょう。すでに、美術系、デザイン創造を専門とする学科の卒業生は、オンライン・サービス運営会社などから引っ張りだこになっていると聞きます。ヤフー・ジャパンなどでも、プログラマー以上に貴重な人材として、採用に注力しているようです。ディープラーニングの応用用途の中でも、生成系のAIにお手本の画像はじめクリエイティブ作品を創って教え込めるのは、このようなオリジナルの芸術的能力を発揮できる人々だからです。 ”   着実に確実に訪れるであろう、人類史上、稀なる革命的な社会変革期において、仕事が無くなることを恐れ過ぎるべきではないと考える人達は、往々にして、あまり深く考えていないか、しっかりと準備しているか、新たな時代に適応できるだけの知識や知恵を持ち得ていることが多いように思います。 僕が思うに、身も蓋もないかもしれませんが、恐れ過ぎず、軽視し過ぎない、絶妙なバランスの中で、自立的に生きられるよう、常に学び続ける習慣を持つこと、すなわち、世界に合わせて変化適応、進化し続けられる自分であり続けていくべきだと考えます。学ぶことや、変化することを楽しめることこそが、幸せに生き続ける大切な要素ではないか、と。  

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手段に過ぎないAI~何のために?を問い続ける自助努力を~ 

        最新のAI活用事例を多様な領域で紹介する本書。AIがブームと呼ばれるような状況は収束を迎える段階に来ている。現代社会において、インターネットにアクセス出来ることにわざわざ感謝する人が減っているように、AIもただの「ツール」として社会に浸透し始める時期に突入していくだろう、と。           ””昔のAIブームを経験した人は、今回もまたブームで終わるのではないかと思っている人も多いはずだ。今回のブームは本物なのか、今までのブームのように、期待だけで終わってしまうのではないかと。  ディープラーニングの本質は特徴をとらえ、概念を獲得するところにある。これは従来の技術では実現できなかったことであり、その意味では新しい世界が拓けたといえる。しかし、人間のように何もかも自動的に学んでくれるわけではない。皆がやがて、そうした限界点に気づき、過度に膨らんだ期待がしぼんでいく可能性は高い。  ブームとなったからには当然ながら、終わりは来る。筆者らはそろそろAIのブームを終わらせてもいいのではないかと、個人的に思っている。ブームは終わっても進化したAIは残る。AIの性能が大きく向上したことで、適用領域はかなり広がってきた。世界的なAIの技術開発に対する膨大なリソースの投入はこれからも続き、AIは進化を続けるだろう。その中から必ず新たな領域で利用され定着する、優れたAIが登場してくることは間違いない。  したがって、ブームが終わっても減滅期に入って手を引くのではなく、AIの真の姿を知ったうえで賢く使っていくことが、企業にとって今後の競争力に大きく影響してくるはずだ。AIを継続して育てることは重要である。3年かけて育てたAIを他社が模倣するには3年かかる。継続こそが力になるのがAIなのである。  たとえば、ゲーミフィケーションは一時大きなブームになったが、現在は下火になり、マスコミに取り上げられることも少ない。しかし、そうした周囲の風潮に流されることなく着実に導入を進めてきた企業は今、大きな効果をあげている。AIに対してもそれと同じ戦略を取るべきだろう。ブームが下火になったときにこそ、本当のチャンスがある。””         AIが仕事を奪うという類の悲観論に振り回されるでもなく、AIが人間の労働を不要にするという類の理想論にうつつを抜かしている場合でもない。目の前にある現実として、どう付き合っていくかを真剣に考え、学び、行動していくことで、ものすごいチャンスを手に入れることが出来る。         ””技術進化は激しく、早い段階から準備しなければ、周囲から大きく後れを取ってしまう。誰も使っていない時期から始めれば、オンリーワンの先進的なサービスにつながるチャンスもある。積極的に新しい技術を触ってみる姿勢を持つことは大切だ。  ただし、繰り返しになるが、AIを目的化してはいけない。ポイントはあくまでも「AIの技術で、こういうことができないか」という形で考えることにある。この技術が世の中をどう変えるのかという議論から、もう一歩具体化して、身近な課題に近づけて考えてみて欲しい。バスワード化したAIのイメージに惑わされず、真実のAIの姿を正しく把握する。そのうえで、自分のビジネスに確実に新しい変化をもたらす要素の一つとして、しっかりと向き合い、その活用に取り組んでみて欲しい。本書がその一助になれば幸いである。””       AIに限らず、新たなトレンドが起きる時、ついつい傍観者になってしまったり、その言葉に踊らされ、本来「手段」であるべき対象を「目的化」してしまうということは、頭でわかっていても、なかなか避けられない現象の1つだと思います。         ””適切な目的がAIの価値を決める  AI導入を考えている企業が最初に考えるべきなのは、AI導入により何をしたいのか、なぜAIを導入するのかという目的を明確にすることだ。そこを詰めないまま取りあえずAIを導入しようとしても、めぼしい成果を得られずに終わることになるだろう。  これは当たり前の話に聞こえるが、実際に目的が不明確なままAIの導入検討を進めてしまうケースは多い。よく見られるのは、経営層が他社で大きなインパクトをもたらしたAIの事例を聞きつけて、うちもAIを使って何かしなくてはならないと思い、部下にAI導入を命じるパターンである。部下は「今年度中にAIで何かしなくてはならない。御社ですぐにできることはないか」と、ITベンダーに相談をすることになる。  AIはもともと手段にすぎないが、現状ではこのように目的化してしまっていることが多い。きちんと「実現したいサービスのアイデアがある」「解決したい課題がある」という目的からスタートしないと単なる実験止まりになり、実際にビジネスで活用されるには至らないだろう。””         自分たちにとって、自分にとって、この技術をどのように活用することが出来るか、より一層に向き合い、チャレンジしていくことが肝要であると強く意識していきたい。               【抜粋】   ””ゲーミフィケーション×AI  「ゲーミフィケーション」とは、ゲームの仕組みを導入することで仕事や勉強を夢中にさせ、モチベーションを高める方法論である。教育(エデュケーション)と娯楽(エンタテインメント)を合わせた「エデュテインメント」や、遊び(プレイ)と労働(レイバー)を合わせた「プレイバー」なども同様の趣旨の試みである。ゲーミフィケーションでは「ランキングやポイントをうまく取り入れて競争状況をつくり出す」「成功したらすぐにほめる」などの仕組みをうまく利用してモチベーションをあげている。  NTTデータでも、従業員向けにゲーミフィケーションサービスを提供できるシステムの開発を行っており、社員の教育やオフィス業務に適用してきた。ゲーミフィケーションの弱点は、やっていると飽きが出てくること、また、個人によってゲームの好みが違うことである。そこで、AIを使ってその人が夢中になっているかどうか推測し、楽しくなさそうならゲームのルールを変更したり、興味を持ちそうなコンテンツに切り替えたりできれば、ゲーミフィケーションの欠点を補うことができる。 … Continue reading 手段に過ぎないAI~何のために?を問い続ける自助努力を~ 

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理想と現実の狭間~AI革命前夜と経営者の視座~

    本書は、頑張ってる風な日本人(自分含め)に、理想と現実を突きつけてくれる超生身感のある辛辣な示唆に溢れている。   ”” しょせん当たらない予測に時間とカネを使うことよりも、予測不可能なイノベーションがもたらす変化に迅速かつ鮮烈に対応できる組織能力、経営能力、すなわちWhen、How、Whoに関わるもっと根源的な戦闘能力を高めておくことのほうが、革命期においては重要な意味を持つ。あなたの企業、そしてあなた自身は、十分な戦闘能力を備えているのか。”” そもそも、見方次第では、排他的な発言をなさる著者の思想からすれば、自然な表現ではあるけれども、冒頭から、言い訳しようのないロジカルでエモーショナルな、論理的であるのに感情的とも受け取れる言葉で僕のような””頑張ってる風な””日本人を追い込む。そして、そのティッピングポイントとしてのGの世界とLの世界、グローバルに生きるのか?ローカルに生きるのか?ということを排他的ではないスタンス、切り口で、分相応な選択肢を提供する。 ”” 真のグローバル人材を目指すには  自分の生き方のゴールをどこに設定するのかがすごく大事になってきた。業種や職種による違いもあるが、もう一つの大きな軸として、グローバルなゴールを目指すのか、ローカルな世界の中に生きがいを見出すのか。自分なりに考えて決める必要がある。  ローカルな世界で生きていくと決めてしまえば、高いお金を払ってベルリッツに通う必要はなくなる。”” 確かに迷う理由なんて無いのだろうか?僕が言うには、人間そんなに単純じゃない。でも、著者の言うとおり、自分の生き方のゴール設定次第で、どうありたいか?何をしたいか?を決めれば良いと改めて思うのである。 ””そもそもみんなが「グローバル人材」を目指す必要はあるか  ここまで若い世代へのエールという気持ちも込めて「真のグローバル人材」について書いてきた。しかし、冷静に考えてみると、グローバルな競争の舞台、あるいはグローバル競争を主戦場にしているビジネスで成功するためのハードルは、メチャクチャ高くなっている中、皆がその道をひたすら目指すと、下手をすると死屍累々の世界を作ることになってしまわないか、という懸念がどうしても頭をもたげてくる。  ここ数十年、「グローバル化」がキーワードになってから、この国の教育や人材育成は、「グローバル人材」になれないと生き残れない、あるいは二流の人生しか送れないかのような強迫観念に追い立てられてきた感がある。私もかつては同じような思い込みに取りつかれている部分があった。  しかし、産業再生機構時代に地域のバス会社、物流会社、旅館、スーパーマーケットなど、ローカル経済圏で活動している企業の再生やそこに生きる人々と深いかかわりを持つようになって、この強迫観念に大きな疑問を持つようになった。ローカルな世界にはローカルな価値観があり、ローカルな一流があり、生きがいや幸福がある。どの国に行っても、いわゆるグローバル化が進展しても、生身の人間は地域に住み、日常の生活基盤はローカルな経済社会圏である。そして、前にも触れたように、先進国ほどローカル型の産業、企業で働いている人はむしろどんどん増えている。””   ””人間にとって快適なことが仕事になる””   なんだろう?快適なことって??? そのようなことを、思い詰めて考えるまでもなく、自然と答えは見えてくるのかもしれない、というのが最近の自分の考えである。   ””そのうち、わざわざお金を払って一生懸命計算をする計算クラブができたり、検索すれば済むのに、あえて記憶だけに頼ったクイズクラブのようなものができたりするかもしれない。  もし完全自動運転が実現すると、確実に生まれそうなのは、乗馬クラブならぬ乗車クラブだ。サーキットに自分の車を置いておいて、わざわざ運転するためにそこに行く。自動運転が本格的に普及すると、人間は公道では運転禁止になるかもしれない。そうなれば、車を運転することは高価な趣味になるだろう。馬が日常的な移動手段だった時代にはなかった乗馬クラブが、自動車の時代になって登場したのと同じことが、今回も繰り返されるという予測である。””         もう、本当に、この通りで、たった、僕が生きてきた5年ほどのベトナム生活の中で、明らかに増え続けているベトナム人による、健康産業の高まり、至る所にジムが増え続けている空気感、これは、日本でも、韓国でも、変わらぬ光景なんじゃないかと思います。   ベトナムでは、まだまだ肥満体質の人は少ないものの、現時点で、すでに、意識高そうな方々が、日々日々、信じられないくらいに自分を追い込み、鍛え上げ続けている。   人間の本性として、AI的な、非人間的なものが盛り上がろうと、人間の本能に根ざした活動が、増え続けることは間違いないんじゃないかと改めて思い立つのでした。              

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大いなる革命の時期を目覚めて生きること~ロボットの脅威--人の仕事がなくなる日~

    もしかしたら、近い未来、こんなことが実現してしまうかもしれない・・・なんて悠長に考えていたら、もう実現してしまっていたという、、、自分が考える以上に変化の早い事態に嫌気を催してしまった。僕は、かなり楽観志向に傾倒している方だと自覚しているが、そんな自分でさえも、本書を読みながら、言葉にならない、不安、懸念が頭の中に渦巻いていることに気付きました。   ””二〇〇九年に、コーネル大学のクリエイティブ・マシン研究所所長のホッド・リプソンと、博士課程在籍のマイケル・シュミットは、基本的な自然法則を独自に発見できるシステムを作り上げた。リプソンとシュミットは、最初に二重の振り子を設置した──ひとつの振り子に、もうひとつ別の振り子を接着して吊り下げた仕掛けだ。両方の振り子が揺れだすと、その動きはきわめて複雑な、一見でたらめなもののように見える。次にセンサーとカメラを使って、振り子の動きを捉え、一連のデータを作り出した。そして最後に、ソフトウェアに振り子の最初の位置を制御する能力を与えた。いいかえるなら、自ら実験を行う能力を持った人工の科学者を作り出したのだ。  彼らは何度も振り子を放すようにソフトウェアの制御を緩め、その結果生じる動きのデータをひたすら調べて、振り子の挙動を説明する方程式を導き出させるようにした。アルゴリズムはその実験を完全に制御していた。そのつど振り子をどこの位置で放すかを決め、しかもそれをランダムにはやらなかった──きちんと分析を行い、振り子の動きの根底にある法則について最も多く知見を与えてくれそうな特定のポイントを選び取っていた。リプソンはこう記している。このシステムは「ただじっと眺めているような消極的なアルゴリズムではない。自ら質問を発する。好奇心を持っているのだ」。のちに〈ユリイカ〉と名付けられたこのプログラムは、ほんの数時間かけるだけで、振り子の動きを説明する多くの物理法則──ニュートンの第二法則も含めて──を導き出した。事前に情報を与えられずに、物理や運動の法則についてプログラミングもされずに、それをやってのけたのだ。””     ””〈ユリイカ〉は、生物の進化にインスピレーションを得た遺伝的プログラミングという技法を使っている。このアルゴリズムは最初に、さまざまなビルディングブロックをランダムに組み合わせて方程式を作り、その方程式がどのデータにうまく適合するかをテストする。テストに合格しなかった方程式は捨てられる一方、有望そうな方程式は取っておかれ、また新しく組み合わされて、この仕組みがやがて正確な数学モデルに収斂していくような形を模索しつづける(。この仕組みの自然な挙動を表現する方程式を見つけ出す過程は、決して瑣末なものではない。リプソンが言うように、「以前なら予測モデルひとつを編み出すのに、ひとりの科学者が学者人生すべてを懸けなくてはならなかった」。シュミットはこう付け加える。「ニュートンやケプラーのような物理学者がコンピュータを使ってこのアルゴリズムを動かしていれば、落下するリンゴや惑星の運動を説明する法則を発見するのに、ものの数時間の計算で済んだだろう」。””     ””〈ユリイカ〉は好奇心を示すというリプソンの言葉や、コンピュータは先入観を持たずに行動するというコザの主張には、創造性はすでにコンピュータの能力の範囲内にあるものだという可能性が示されている。そうした見方の究極の判定は、人間が芸術作品として受け止めるものをコンピュータが作り出せるかどうかを見ることではないだろうか。真の芸術的創造性は、他のどんな知的営為にも増して、私たちが人間の精神とのみ関連づけるものだ。タイム誌のレフ・グロスマンが言うように、「芸術作品の創作は、我々が人間のために、人間だけのためにとってある活動のひとつだ。それは自己表出の行為だ。自己を持っていなければできないとされるものだ」。もしもコンピュータが真正な芸術家たりうる可能性を受け入れるとしたら、私たちの機械の本質に関わる前提を根本的に評価し直さなければならないだろう。””     この手の書籍は、往々にして、悲観論と楽観論、両方をバランスさせながら、最終的には、「希望を創るのは私たちです」みたいな終わり方をすることが多い。本書も、その1つなのだが、それにしても、世間とか社会みたいな広い範囲で物事を受け止めてみると、この人類史上経験のない速度で変化する時代の狭間で、もがき苦しむ人たちの方が圧倒的に多いのではないだろうかと、考えさせられてしまう。     ””人間と機械が協力する仕事はたしかに存在するだろうが、その数は比較的少なく、また短命に終わりそうだということだ。また、やりがいのない非人間的な仕事であるような例もきわめて多くなるのではないか。だとすれば、多くの人々がそうした仕事に就けるような教育を専門的に施すよう努めるべきだと主張するのは、たとえその訓練がどんな結果をもたらすかが正確に把握できるとしても、やはり難しくなるだろう。大体においてこうした議論自体、私にはひどく古い(労働者にさらに職業訓練を施すということ)タイヤに継ぎを当てて、もう少しだけ走れるようにしようとする発想に思える。いずれ最終的に断絶的破壊に向かい、はるかに大がかりな政策対応が必要になるだろう。””   ””〈クイル〉のテクノロジーはまた、かつては大学を出た高スキルの専門家たちの牙城だった分野ですら自動化の影響を免れない、ということを示す実例でもある。知識ベースの仕事はいうまでもなく、通常は幅広い能力が求められる。何よりそうした場合、アナリストはさまざまなシステムから情報を取り出す方法を知り、統計的モデルや金融モデルを作成した上で、人に読ませるレポートを書いて提示しなくてはならない。ライティングは結局、科学であると同じ程度に技芸であり、最も自動化されそうにない作業のひとつに思える。にもかかわらず、自動化は実現しているし、アルゴリズムはさらに急速に進歩している。それどころか、知識ベースの職はソフトウェアを使うだけで自動化できるため、多くの場合、身体的な操作を伴う低スキルの職よりも影響を受けやすいことがわかってきた。””   ””要するに、「雇用創出」がどうのといくらごたくを並べてみても、合理的な企業経営者はこれ以上従業員を雇いたがらないということだ。自動化へ向かおうとする傾向は、「デザイン哲学」やエンジニアの個人的嗜好の所産ではない。根本的には資本主義に後押しされる現象なのだ。カーが心配する「〝テクノロジー中心の自動化〟の台頭」は少なくとも二〇〇年前に起こったことで、ラッダイトがそれに不満を露わにした。現代で唯一違うのは、指数関数的な進歩がいま、私たちを行き詰まりへ向けて押しやっていることだ。合理的な企業が省力化テクノロジーを採用するのは、ほとんど選択の余地のない流れになっている。それを変えるには、エンジニアやデザイナーへのアピールどころでは済まない。市場経済に組み込まれた基本的なインセンティブそのものを変える必要があるだろう。””   自分自身の身を守ることさえままならない中で、「時代の犠牲」というような言われ方をしてしまうような人たちを助けられるとは限らない、と考えておくべきだと思います。しかしながら、世界の誰かに偽善と言われようと、自分は希望を創り出す何らかの活動に貢献していたいな、と思うのです。だからこそ、これからも、世の中の流れ、様々な変革の兆しを観察しながら、自分自身が変化することに臆さず、むしろ率先して、常に変わりゆく世界や社会に順応していけるよう意識し、行動していこうと、改めて考えさせられました。   ”” 日曜日にキング牧師が行った説教は、「大いなる革命の時期を目覚めて生きること」と題するものだった。主な内容は予想できるとおり、公民権と人権についてだが、キング牧師はさらにずっと幅広い前線で起こる革命的な変化を念頭においていた。説教が始まってまもなく、キング牧師はこう語りかけた。  今日の世界で、大いなる革命が起こりつつあることは、否定すべくもありません。ある意味それは、三重の革命といえます。まず、オートメーションとサイバネーションの影響を受けた科学技術の革命。原子力兵器、核兵器の出現という兵器上の革命。そして全世界における爆発的な自由化という人権上の革命です。そう、我々は変化の時代に生きている。そしてその時代を通じて、こう叫ぶ声がいまも響き渡っているのです。「見よ、わたしは、すべてを新しくする。これまでのものはすでに過ぎ去った」。””         【抜粋】 ● その時代は、労働者と機械の関係が根本的に変化する時代として定義されるだろう。機械とは、労働者の生産性を上げるための道具である──これはテクノロジーをめぐる最も基本的な前提のひとつだ。しかし新時代の変化はいずれ、この前提に疑いを突きつけるだろう。むしろ機械が労働者そのものへと変わろうとし、労働者の能力と資本との境界はかつてなかったほどぼやけつつある。   ● テクノロジーに脅かされる可能性がきわめて高い仕事を表すのに、「ルーティン」はもう必ずしもふさわしい言葉ではないのだろう。より正確な言葉は「予測可能性」かもしれない。あなたが過去にやってきたことすべての詳細な記録を別の誰かが研究することで、あなたの仕事をこなせるようになるのではないか? 学生が試験準備のためにトレーニングペーパーをやるように、あなたがすでにやり遂げた課題を誰かが繰り返すことで、さらにその作業に熟達できるのでは? もしそうだとしたら、いつかアルゴリズムが学習して、あなたの仕事の多くを、あるいはすべてをこなせるようになるかもしれない。その可能性が高くなるのは、「ビッグデータ」現象が広がりつづけているためだ。多くの組織が自分たちの運営のほぼあらゆる面に関して膨大な量のデータを集めていて、きわめて多くの職務や作業がそのなかに包含されることになる──そしていずれは賢い機械学習のアルゴリズムが現れ、人間の前任者が残した記録を徹底的に研究することで、自ら学習する日がやって来るだろう。   ● 概していえば、コンピュータはスキルを獲得することにかけてはきわめて熟達している。大量の訓練データが使えるときには、特にその傾向が顕著だ。とりわけ初歩的な職務では、今後その影響が大きくなるだろうし、現実にすでに起きていそうな証拠もある。大卒者の初年度の給与は過去一〇年間下降しており、新卒者の五〇パーセントがとりたてて大学の学位を必要とはしない仕事に就かざるをえなくなっている。これから本書のなかで説明していくが、実際のところ、多くの高スキルの専門職──弁護士、ジャーナリスト、科学者、薬剤師など──はすでに、進歩する情報テクノロジーにかなり侵食されている。それだけではない。ほとんどの仕事はある程度までルーティンかつ予想可能なものであり、本当の意味でクリエイティブな仕事や、現実とはかけ離れた革新的な着想である「ブルースカイ」思考に携わって生計を立てている人間は、ごく少数なのだ。   ● 一九四九年、ニューヨーク・タイムズ紙の要請を受けて、国際的に有名なマサチューセッツ工科大学の数学者ノーバート・ウィーナーは、コンピュータと自動化の未来がどうなるかという自らのビジョンを記事に書いた。ウィーナーは一一歳で大学に入り、わずか一七歳で博士課程を修了した神童だった。その後サイバネティクスの分野を確立、応用数学に多大な貢献を果たし、コンピュータ科学、ロボティクス、コンピュータ制御によるオートメーションの基礎を築いた。ウィーナーの記事は、ペンシルベニア大学で初めて本当の汎用電子計算機が作られてからわずか三年後に書かれたものだったがb、そこで彼は「あることを明晰かつわかりやすいな方法で行えるとしたら、同じことは機械によっても行える」と論じた。そしてそのことがやがて、「この上なく残酷な産業革命」をもたらすかもしれないと警告した。機械は、「ルーティンな工場の雇用者たちの経済的価値をおとしめ、金を出して雇うだけの値打ちをなくさせてしまう」だろう、とc。  その三年後、ウィーナーの想像と非常によく似たディストピア的未来が、カート・ヴォネガットの処女小説『プレイヤー・ピアノ』で具現化された。この小説に描かれる自動化された経済では、少数の技術エリートが管理する産業用機械がほぼすべての仕事をこなす一方で、大多数の人間は無意味な人生と希望のない未来に直面している。   ● 銀行口座に一セント預けるとする。そして、その残高を毎日二倍にしていくと考えてみてほしい。三日目には二セントの残高が四セントになる。五日目には八セントの残高が一六セント。そして一ヵ月もたたないうちに、残高は一〇〇万ドルを超えるだろう。ノーバート・ウィーナーがコンピュータの未来についてのエッセイを書いたのは一九四九年だが、この年に最初の一セントを預けて、ムーアの法則──二年ごとに量がおよそ倍になる──が作用するとしたら、二〇一五年のテクノロジーの口座にはおよそ八六〇〇万ドル貯まっていることになる。そしていまの時点からさらに同じことが続き、残高が二倍に増えつづければ、将来のイノベーションはその貯まりに貯まった残高を活用することができる。その結果、今後の数年、数十年の進歩のペースは、これまで私たちが慣れ知っているものよりもはるかに速まる公算が大きい。   ● 中流階級に属する人たちがその主な収入源を失うにつれ、彼らは次第にこうしたデジタル経済のロングテールがもたらす機会に目を向けるようになるだろう。幸運なごく少数の際立ったサクセスストーリーは私たちの耳にも入ってくるだろうが、大多数は中流のライフスタイルに近い水準を保つのに四苦八苦するだろう。そしてコンピュータ科学者で起業家のジャロン・ラニアーが指摘するように、第三世界の国々で見られるような非公式経済へ否応なく向かう人々が増えていく。だが非公式経済の自由さに魅力を感じる若者たちも、家庭を持って子どもを育て、引退後の生活設計をする段になると、たちまちその難点に気づきはじめるのだ。もちろん、アメリカや他の先進国経済でも、かつがつの暮らしをしている人たちは必ずいるが、少なからず十分な数の中流家庭が生み出す富にただ乗りしている。この堅固な中流の存在は、先進国を貧困国から区別する主な要因のひとつだが、しかしこの層が侵食されていることが──特にアメリカで──次第に明らかになってきている   ● 社会が蓄積してきたテクノロジー資本を、ごく一部のエリートが事実上所有していいのかという基本的なモラルの問題だけではなく、また別の実際的な問題もある。所得格差が度を越して極端になっている経済が果たして健全に機能するのかということだ。進歩の継続性は、今後のイノベーションを求める活発な市場があるかどうかに左右される──つまりそのためには、購買力がある程度広く分配されることが必要なのだ。   … Continue reading 大いなる革命の時期を目覚めて生きること~ロボットの脅威--人の仕事がなくなる日~

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自ら運命を切り拓くために。~ザ・セカンド・マシン・エイジ~

  ” セカンド・マシン・エイジには、何をほんとうに欲するのか、何に価値を置くかについて、個人としても社会としても深く考えることが求められる。私たちの世代は、世界を大きく変える可能性を受け継いだ。熟考と配慮の末に選択を行うなら、未来は希望を持てるものになるだろう。運命を決めるのはテクノロジーではない、私たちだ。 ”     原初『The Second Machine Age』は、2014年1月に初版が発行されていますが、テクノロジーの指数関数的進歩は、予想通り、いや、ある意味では予想を超えるほどのスピードで、著者たちが予見する状況になり始めていると言っても良いかと思います。   ” 従来、チェスや将棋と比べて定石が多く、感覚的な部分もあるため、人工知能がプロを打ち負かすのは無理とまで言われていた囲碁の世界だが、もはやそれは過去のことになった。” 『グーグルAI、囲碁トップ棋士に60戦全勝 神の一手は人から奪われた?』ニューズウィーク日本版ウェブ編集部より   他方、2017年1月現在、トランプ新大統領が打ち出す政策は、本書で提言される思想を強烈に否定するような状況にあり、これからの社会、世界が、決して理想通りにいかないことが見てとれます。いずれにせよ、未来に悲観的になり過ぎても、楽観的になり過ぎてもいけない、というスタンスには変わりないのですが、人類史上、前例のない規模で変化し続ける、この時代に、どう生きていくか、どのようなスタンスで世界と向き合っていくか、とても考えさせられる一冊でした。         【抜粋】 ● 『ウォーリー』のディストピアからもわかるように、テクノロジーが十分に進化した世界では、人間のとめどない経済的欲求は完全雇用を保証しない。たとえば人間の輸送需要が途方もなく増えたとしても(実際、二〇世紀を通じて途方もなく増えたのだが)、馬の需要にほとんど影響はあるまい。要するに技術の進歩は、消費が増えれば人間の雇用も増えるという連鎖を断ち切る。かつて馬の雇用についてそうしたように。  言うまでもなく私たちは、ロボットや人工知能(AI)に何でもやってもらいたいなどとは思っていない。まさにこの欲求が、完全自動化経済の実現を阻む最大の障壁となるし、人間の労働者が近い将来に消滅しない最大の理由ともなる。人間はすぐれて社会的な動物であり、人とつながりたいという欲望が経済にも持ち込まれている。私たちがお金を払う多くのものには何らかの人間的な要素が含まれていることからも、それがわかる。たとえば連れ立って演劇やスポーツを見に行くのは、人間の芸術性や能力を堪能し、それを共有したいからだ。なじみのバーやレストランに足しげく通うのは、単に飲んだり食べたりしたいからではなく、あたたかいサービスを味わいたいからだ。監督やコーチはチームの士気を高めることができるが、これは本やビデオにはできない。よい先生は生徒のやる気を起こさせ、その後何年にもわたって勉強に励むきっかけを与えることができる。優秀なセラピストは患者と信頼関係を築き、治療に大きな効果を上げることができる。   ● 経済における労働の役割が小さくなる中、どんな社会をつくっていきたいのか、真剣に議論すべき時が来ている。経済のゆたかさをどのように共有するのか。現代の資本主義は著しい格差を生みがちだが、資源を効率的に配分し努力に報いる資本主義のよさは残しながら、格差拡大に対処するにはどうしたらよいか。工業化時代の労働の概念が薄れていくとき、充実した人生や健全な社会はどのような姿になるのか。教育、社会のセーフティネット、税制といった市民社会の重要な要素をどう見直していくべきか。  労働馬の歴史から、これらの問いの答を見つけることはできない。いくら賢くなったといっても、機械が答を出してくれるわけでもない。答は、高度な技術に支えられる社会や経済のあり方を人間がどう考え、どのような理想を掲げ、どのような価値を重んじるかにかかっている。   ● アルゴリズムとは要するに単純化であり、すべての要素は考慮しないし、できない(申請者には大金持ちの叔父さんがいて、申請者に遺産の一部を残すという遺言書を書いており、しかも叔父さんはロープなしでロッククライミングをするのが好きだ、といったことは考慮できない)。しかしアルゴリズムは、最も重要な要素や最も可能性の高い要素は考慮できる。そして、ローン返済率を予測するといったタスクはきわめてうまくこなす。従ってローン審査はコンピュータに任せられるし、任せるべきだろう。   ● 自動運転車の飛躍的進歩は、ヘミングウェイの有名な言葉を思い出させる。人がどのように無一文になるかについて、この文豪は「徐々に、そして突然に」と表現した。自動運転車は、けっして突然変異や例外ではない。裾野の広いすばらしい変化の一部なのである。コンピュータやロボットなどデジタル技術がずいぶん昔から挑んできた困難な課題は、長い間徐々にしか進歩が見られなかった。だがここ数年で突然の飛躍を遂げ、長いことひどくお粗末な出来だった仕事を巧みにやってのけるようになり、しばらくは習得できまいと思われていたスキルをみごとに身につけてみせた。   ●デジタル化は何の役に立つのか  昨今のデジタル化の大爆発はたしかに衝撃的ではあるが、しかしだからどうだと言うのだ、という人もおられることだろう。ゼタだのエクサだのと騒いでいるが、実際何の役に立つのか、と。  いやいや、たいへん役に立つのである。セカンド・マシン・エイジの推進力の一つとしてデジタル化を挙げる最大の理由は、知識を増やし、理解を深めることに貢献するからだ。デジタル化によってアクセス可能になる大量のデータは、科学の生命線である。ここでは科学とは、理論を考え、仮説を立て、評価する作業と考えてほしい。ざっくり言えば、何かを思いついたら、その思いつきが正しいかどうかデータで裏づける作業だ。   ● セカンド・マシン・エイジで際立つ三つの特徴、すなわち、コンピュータ技術の指数関数的高性能化、大量の情報のデジタル化、組み合わせ型イノベーションの増加を読み解いてきた。この三つのパワーは、ごく最近の予測や理論すら覆す勢いでSFを現実に変えてしまった。しかも、その勢いが止まる気配は見当たらない。  ここ数年間に見られた進歩、たとえば自動運転車、ヒューマノイド型ロボット、音声認識・合成システム、3Dプリンター、スーパーコンピュータといったものは、けっしてセカンド・マシン・エイジの頂点ではなく、ほんのウォームアップにすぎない。さらに先へ進めば、もっと多くのイノベーションが出現するにちがいない。それらは一段とわくわくするようなものになるはずだ。  こんなに自信たっぷりに言えるのは、ちゃんと理由がある。いま挙げた三つのパワーによって、人類史上きわめて重要な出来事が二つ同時に出現すると見込まれるからだ。一つは真の意味で有用な人工知能(AI)の出現であり、もう一つは、地球上の多くの人々がデジタル・ネットワークを介してつながることである。   ● 前著『機械との競争』(邦訳日経BP社刊)で論じたとおり、こうした経済の構造変化は、互いに重なり合う三通りの勝ち組と負け組を出現させる。だからパイが大きくなっても、必ずしも全員の分け前が大きくなるわけではない。最初の二つの勝ち組は、広い意味での資本を蓄積してきた人たちである。物的資本(機械設備、知的財産、金融資産)を蓄積してきたいわゆる資本家と、人的資本(教育、経験、スキル)を蓄積してきた高スキル労働者だ。物的資本と同じく、人的資本も所得を生み出す大切な資産である。たとえば熟練した配管工は、未熟練の配管工と比べ、同じ労働時間でより多くの収入を得ることができる。そして三つめの勝ち組は、スーパースターだ。特別な才能(あるいはとてつもない幸運)に恵まれた人たちである。  どのペアでも、デジタル技術は勝ち組に大きく報いる一方で、負け組の経済的な存在意義を低下させ、退場に追いやることさえある。勝ち組の得るものは、負け組の失うものよりも大きい。そんなことが起こりうるのは、経済全体としては生産性も総所得も伸びているからだ。このこと自体はよろこばしいことだが、取り残される人々にとっては何の慰めにもなるまい。プラスがいかに大きくとも、一握りの勝ち組に集中してしまえば、それ以外の大多数にしわ寄せが行くことになる。 ● これと対極をなすのが、介護などのパーソナル・サービスや庭師などの肉体労働だ。こうしたサービスの提供者は、どれほど腕がよく、どれほどがんばって働いたところで、市場全体から見れば、需要のほんの一部しか満たすことはできない。しかし確定申告作成サービスのようにデジタル化された瞬間に、市場は勝者総取りへと移行する。それだけではない。デジタル化によって価格が大幅に下落するため、「ちょっと質は落ちるが安い」という手も、もはや使えなくなる。ベストにいくら近くても、ベストでなければ退場せざるを得ない。デジタル商品には規模の経済が働くため、市場のナンバーワンはコスト面で圧倒的な優位に立ち、悠々と利益を確保しながら、価格競争で競合を打ち負かすことができる(*14)。固定費さえ回収してしまえば、その後はほとんどゼロに近い限界費用を活かして、いくらでも供給できるのだから。   ● そうなれば、スーパースターに真っ向勝負を仕掛けるのではなく、自分の「売り」に特化し、ニッチ市場を拵え上げて世界のナンバーワンになってしまうという戦略が成り立つ。なるほどローリングはビリオネア作家になったが、星の数ほどいる他の作家にだって、今日ではニッチな読者と巡り会うチャンスは十分にある。町の本屋は、弱小作家の作品は売れないとして仕入れてくれないだろうが、アマゾンならきっと在庫に入れてくれるだろう。そうすれば、世界中の読者からアクセス可能になる。テクノロジーのおかげで地理的な距離を飛び越えられるようになったいまでは、ニッチを狙った極端な専門化や特化もナンバーワンになる手段の一つとなっている。 ● 子供向けの本の書き手として世界で一〇〇一番目になるくらいなら、環境志向型起業家向けの科学技術専門アドバイザーとして第一人者になるほうがいい。あるいは、アメリカンフットボールのクロック・マネジメント(残り試合時間を巧みに管理しながら攻撃を進めること)の第一人者になるのも、悪くない(*20)。スマートフォン向けアプリの開発者たちはまさにこの戦略に則っている。七〇万を超えるアプリが提供されているのはこのためだ。アマゾンで二五〇〇万以上の楽曲が販売されているのも、同じことである。ブログやフェイスブックやユーチューブへの投稿数はさらにこれらを上回っており、「共有経済」を形成している。もっとも、これらがただちに収入に結びつくわけではない。ロングテール経済の参入障壁は低いが、まだスーパースターは見かけない。   … Continue reading 自ら運命を切り拓くために。~ザ・セカンド・マシン・エイジ~

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「次の世界」で生きるということ ~これからの世界をつくる仲間たちへ 、落合陽一~

  メディアアートというユニークな研究分野で、グローバルに活躍をしている若き日本の研究者、兼、実業家、落合陽一氏の書籍。     本書は、テクノロジーの指数関数的進化が引き起こす世界に、どんな人財が活躍するだろうか?という問いに対する1つの答えみたいなものを、著者らしい視点で、シンプルに、分かりやすく説明してくれています。 陳腐な例になってしまいますが、「AIが職を奪うぞ」的イシューに関してなんかも、とても分かりやすく持論を述べてくれています。   ””よく人工知能が職を奪うという恐怖を掻き立てる表現とともに語られますが、ほんとうの問題は、どのようにして人の良いところと人工知能の良いところを組み合わせて次の社会に行くのかということだと思います。つまり迎合や和解のために知らなくてはいけない隣人の性質について考えないといけません。コンピュータとの〝文化交流〟が必要なのです。””     「次の世界」では、僕たちが、どんな能力を身に着けていくべきか?   “”「次の世界」に向けて、どんなことを学ぶべきかを考えるのは本当に難しいことです。ただ基本的には、「コンピュータには不得意で人間がやるべきことは何なのか」を模索することが大事だと言えます。それはおそらく、「新奇性」や「オリジナリティ」を持つ仕事であるに違いありません。少なくとも、処理能力のスピードや正確さで勝負する分野では、人間はコンピュータに太刀打ちできない。””     例えば、「モチベーション」の必要性。   ””コンピュータに負けないために持つべきなのは、根性やガッツではありません。コンピュータになくて人間にあるのは、「モチベーション」です。  コンピュータには「これがやりたい」という動機がありません。目的を与えれば人間には太刀打ちできないスピードと精度でそれを処理しますが、それは「やりたくてやっている」わけではないでしょう。いまのところ、人間社会をどうしたいか、何を実現したいかといったようなモチベーションは、常に人間の側にある。だから、それさえしっかり持ち実装する手法があれば、いまはコンピュータを「使う」側にいられるのです。””   ””最初に述べたように、コンピュータには「モチベーション」がありません。そこが人間との大きな違いです。だから、モチベーションのない人間は発達したコンピュータにいつか飲み込まれてしまう。逆に、「これがやりたい」というモチベーションのある人間は、コンピュータが手助けしてくれます。””     対AIに関する文脈でなくても、「どのように生きていきたいか?何を望もうとするか?」という類の意志、欲求があるかないかが、人間の生き様を決めるというのは、よく語られることですね。   今後、さらに、AI的なテクノロジーが発展するにつれ、一定層の労働者の仕事がなくなるというタイミングでも、流されるままに生きているだけでは被害者の側に回らざる終えない可能性もあるかもしれません。   また、さらに未来のとある段階では、単に労働が奪われて困るという状態から、ベーシックインカムのようなものが本格導入されると言われています。そのタイミングでは、一定層の人たちは無理に働かなくても良い時代となっている代わりに、意外なことに全く働かなくなって良い状態になると、退屈過ぎて、幸福を感じにくい社会になるであろうと予測されることもあります。   いずれにせよ、人生というものに目的を持つみたいなことがより一層、重要になる社会が訪れることになるであろうと言われていて、著者は、このような時代の流れの中で、より主体的に生き抜くための具体的なアドバイスをシンプルに述べてくれています。   ””重要なのは、「言語化する能力」「論理力」「思考体力」「世界70億人を相手にすること」「経済感覚」「世界は人間が回しているという意識」、そして「専門性」です。これらの武器を身につければ、「自分」という個人に価値が生まれるので、どこでも活躍の場を見つけることができます。  何より「専門性」は重要です。小さなことでもいいから、「自分にしかできないこと」は、その人材を欲するに十分な理由だからです。専門性を高めていけば、「魔法を使う側」になることができるはずです。””     ””クリエイティブ・クラスには専門性が不可欠ですが、そのレンジが狭すぎると失敗の確率が高まります。だから、レンジをある程度広くとった「変態性」が重要です。””   とまあ、世間一般的には、オタク的な存在、マイノリティとして扱われそうな「変態性」が見え隠れするような人たちゆえに、成し遂げられることがある、と。   ””いつまでもマジに考え続けること、好奇心とテンションを高めに設定し続けること、要領よく子供であること。素人思考を保つためになるべくまっさらな気持ちでモノに向き合えると良いと、僕は思っています。””   確かに、明らかに普通ではない、平均的ではないと世間から捉えられるくらいの執着心がある人たちには、こういう共通項があるように思います。   この書籍にあるような主張を見て、聴いて、自分自身の拘り具合が、常軌を逸するレベルからは、まだまだかけ離れているなあと考えさせられました。事業を創ることに、もっともっと純粋になって、生きていきたいと思います。   【抜粋】 ● クリエイティブ・クラスは、研究者であれ、起業家であれ、自分が理解できるまできちんと相手の話を聞きます。ちょっと聞いてその価値がわからなければ、自分から問いを発して話を掘り下げていく。自分の理解が間違っているのか、相手に価値がないのかを見極めるまで、会話をやめません。  だからこそ、そのハードルを越えて世界を変えるには、厳しい議論に耐えられるだけの論理的なコミュニケーション能力が求められます。そのために必要なのは、きれいな英語を話す「語学力」ではありません。もちろん、コンピュータを動かすプログラミングのスキルでもない。解決したい問題について自問自答をくり返す思考体力が根底になければ、「世界を回している人間」を動かすことはできないのです。   ● クリエイティブ・クラスに必要な専門性は、そのモチベーションと表裏一体のものだといえるでしょう。「これが好きだ」「この問題を解決したい」という強烈な興味や好奇心が、その人の専門性の源泉になります。そういうモチベーションがないかぎり、掘り下げるべき専門性は身につきません。   ● 人は歳を取れば取るほど「何のために生きるのか」を考えなくなり、目の前の幸福や不幸に右往左往しながら暮らしていくものですが、信念を持っている人間はその問いへの明確な答えを持つことができます。それは、「いまできる人類の最高到達点に足跡を残す」ということです。これはちょっとマッチョな、筋肉質な考え方だとも言えますが、少なくとも僕はそれしか考えていませんし、研究者や芸術家をはじめとするクリエイティブ・クラスはおそらく誰もがそういったものを持っているでしょう。自分の価値=オリジナリティと専門性を活かして、これまで人類が誰も到達できなかった地点に立つ。それが、僕の生きる意味であり価値だと思っています。 … Continue reading 「次の世界」で生きるということ ~これからの世界をつくる仲間たちへ 、落合陽一~

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繰り返し読みたい。『シンギュラリティ大学が教える飛躍する方法~ビジネスを指数関数的に~』

  指数関数的な速度で劇的に変化する社会や時代に合わせ、飛躍的発展を遂げる企業の創り方について指南してくれている本書。具体的には、””コミュニケーションや意思決定の方法、情報が流れる構造、経営スタイルや哲学、ライフサイクルなどだ。また戦略や組織構造、社内文化、プロセス、運営、システム、人々、主要業績評価指標(KPI)など””様々な観点から、飛躍的な成長を可能とする企業と、それ以外の企業との差異について実例を交えて解説される。挑戦する分野、領域、業界を問わず、飛躍型企業を目指す上で、非常に参考になる内容が盛り沢山でした。 ””飛躍型企業とは何者か  まずは定義から始めよう。 飛躍型企業 (Exponential Organization, ExO)  加速度的に進化する技術に基づく新しい組織運営の方法を駆使し、競合他社と比べて非常に大きい(少なくとも10倍以上の)価値や影響を生み出せる企業。  飛躍型企業は人海戦術や巨大な工場に頼るのではなく、IT技術を基盤にする。そのIT技術とは、これまで物理的に存在したものを非物質化・デジタル化して、オンデマンドで提供できるようにするものだ。”” 【抜粋】 ● 飛躍型企業の主な内部的・外部的性質を解説する。どう設計されているのか(あるいはされていないのか)、コミュニケーションや意思決定の方法、情報が流れる構造、経営スタイルや哲学、ライフサイクルなどだ。また戦略や組織構造、社内文化、プロセス、運営、システム、人々、主要業績評価指標(KPI)などの点で、飛躍型企業がどう異なるのかを見ていく。さらに私たちが「重要変革目標」と呼ぶ要素(詳細は後章)を持つことが、企業にとっていかに重要かを議論したい。それから飛躍型のスタートアップ企業をどう立ち上げるか、中小企業で飛躍型企業の要素をどう取り入れるか、また大企業にどう当てはめるかを解説する。  本書を理論書ではなく、むしろ飛躍型企業の創造と維持のための実用書にするのが、私たちの目標だ。変化が加速する時代に、生き残れる企業を生み出すにはどうすればよいのか、実践的ですぐに活用できる知識を提供しよう。   ● 考えてみてほしい。いまネットに接続している機器は80億台だが、2020年にはそれが500億台になり、さらに10年で1兆台に達するのである。私たちはこれまでの技術の進化から判断して、情報革命の時代に突入してから30年か40年ぐらいが経過したと考えがちだ。しかし先ほどの数値から考えれば、私たちは道のりの1パーセントまでしか到達していない。「多くの発展がまだ残されている」というレベルではなく、発展そのものがこれから始まるのだ。     ● 飛躍型企業は、情報をベースにした技術が指数関数的な急成長を遂げることを利用し、何倍もの出力を生み出せるのである。ウェイズのような飛躍型企業は、従来型の組織構造の裏表を逆にしている。資産や従業員を所有して直線的なリターンを期待するのではなく、外部のリソースを利用して目標を達成するのだ。たとえば彼らは、ごく少数の中核となる社員や施設しか持たず、柔軟性を維持している。そして製品デザインからアプリケーション開発に至るまで、あらゆる場面で顧客に協力を求め、オンライン・オフライン双方のコミュニティを活用する。インフラは持たず、既存もしくはいま生まれようとしているインフラを利用する。そして急速に成長するが、それは彼らが全力を尽くして市場を占領するからではなく、むしろ目標を達成するために市場の協力を求めるからだ。その良い例がメディウムである。彼らはユーザーに長文の記事を書いてもらうことで、雑誌ビジネスを一変させようとしている。 ● ラーシェイの考察を一歩進めると、指数関数的に進歩する現代の根本的な問いとは、「他に情報化できるものは何か?」ということになる。  外部資源にアクセスして情報化を進めれば、その成果として限界費用をゼロに近づけられる。情報を基盤とした飛躍型企業の祖父にあたる存在が、グーグルだと言えるだろう。グーグルはクローリングしたウェブサイトを所有しているわけではない。10年前は、グーグルはどのような収益モデルを持つつもりなのかと揶揄されたが、いまではグーグルの時価総額は4000億ドルにも達成している。ここに達するまでにグーグルがしてきたのは、基本的にはテキスト(現在は動画も含む)情報の分析だ。リンクトインとフェイスブックの時価総額はともに2000億ドルを超えているが、それも人間関係のデジタル化、すなわち情報化によって達成されたものだ。これから数年のうちに誕生する最も優れた企業は、新しい情報源を活用するか、これまでアナログだった環境をデジタル化することでビジネスを構築するだろう。 ● これまでの組織構造は、希少性を前提に設計してあった。所有という概念は、希少性に対しては有効だった。しかし豊富な資源があり、情報を基盤とした世界では、アクセスやシェアといった概念のほうが有効になる。 ● 飛躍型企業にはすばらしいスケーラビリティをもたらす要因が2つある。第一に、彼らが提供する製品は情報を基盤としていること。ムーアの法則に従うため、「指数関数的に増加する」という情報の性質を利用できる。第二に、情報は自在に流れる性質を持つため、企業内の主要な機能を組織外に切り出せる。ユーザー、ファン、協力会社、一般市民といった人々に、機能を肩代わりしてもらえるのだ ● 野心的な変革目標(MTP)  その名の通り、飛躍型企業は従来から飛躍した考え方をするが、それには理由がある。小さく考えていては、急速に成長できる戦略などつくれないからだ。一度大きく成長できても、成長によってビジネスモデルが使い物にならなくなるため、何もしなければあっという間に路頭に迷うことになる。飛躍型企業は、常に大きな目標を持たなければならないのだ。   ● 適切なMTPによる最も重要なメリットは、文化的なムーブメントの創出である。それはジョン・ヘーゲルとジョン・シーリー・ブラウンが「プルの力(引き出す力)」と呼んだものだ。MTPには心を鼓舞する力があるため、飛躍型企業の周囲には自然とコミュニティが形成され、それ自体が活動を始め、仲間意識や文化が生まれるのである。アップルストアの行列や、TEDカンファレンスの順番待ちリストを見るとよい。MTPは製品やサービスを熱狂的に支持するエコシステムを生み出し、エコシステムの中心にいる企業から、文字通り製品やサービスを「引き出す」ようになる。そして人々の間に当事者意識をもたらし、マーケティングやアフターサービス、さらにはデザインや製造といったプロセスとも協力するようになる。iPhoneを考えてみよう。iPhoneには無数の周辺機器や、ユーザーによって開発されたアプリケーションがあるが、iPhoneという製品を本当に「所有」しているのは誰なのだろうか?  MTPが引き起こすこうした環境は、さらに二次的な効果を生み出す。そのひとつは、開発チームが社内政治ではなく、外部に目を向けるようになることである。大企業の場合、社員が内向きになり、市場や顧客とのつながりが失われてしまうことが多い(硬直化した形で市場調査やフォーカスグループ調査が続けられることを除けば)。  現代のように不安定な世界においては、こうした姿勢は命取りだ。企業は常に外を向く姿勢を持たなければならない。さらに技術面や競争面での脅威をいち早く察知すべきなのは言うまでもない。もしグーグルで働いているのなら、常にこう問いかけなければならないのだ(彼ら自身が宣言しているように)──「どうすればもっと良い形で世界中の情報を整理できるのだろうか?」。シンギュラリティ大学では、何らかの転機が訪れるたびに、必ずこう問いかけている──「これは10億人の人々に良い影響を与えるものだろうか?」  優れたMTPをつくる上で絶対に欠かせないのが、「目標」である。サイモン・シネックの画期的な研究成果にならえば、目標とは次のような質問に答えるものでなければならない。・なぜそれを実行するのか?・なぜ私たちの会社は存在しているのか? ● 「ポジティブ心理学」で有名な心理学者のマーティン・セリグマンは、幸福感を3つに分類する。楽しい人生(快楽的で表面的)、良い人生(家族や友人たちとともに過ごす)、意味のある人生(生きる意味を見つけ、自我を超越し、より良い目的のために生きる)の3つだ。調査によれば、ミレニアル世代(1984年から2002年の間に生まれた若者たち)には生きる意味や目的を見出そうとする傾向がある [注3] 。世界的に見ても、彼らは高い意識を持ち、消費者、従業員、投資家といった立場から、高い意識を持つ企業を求めるようになっている。つまりMTPを掲げ、自らの信条のもとに行動するような企業だ。今後は個人も企業と同じようなMTPを持つようになり、両者が重なりあったり、並列して存在したりするようになるだろう。 ● ところがいまだに多くの企業が、リーダーの直感で行動を決めている。これは驚きであると同時に、残念なことだ。彼らもデータを使って考えることはあるが、埋没費用のバイアスから確証バイアスに至るまで(詳しくは後で整理)、様々な自己欺瞞に陥りがちだ。グーグルの成功の理由のひとつは、採用でも他社と比較にならないほど徹底的にデータを駆使したことだ。 ● 飛躍型企業の多くは、「OKR」メソッドを導入している。OKRとは「目標と主な成果(Objectives and Key Results)」の略で、インテルCEOだったアンディ・グローブが開発し、その後1999年にベンチャーキャピタリストのジョン・ドーアがグーグルに導入した。OKRでは個人、チーム、会社全体の目標とその成果を、オープンかつ透明性の高い形で追跡する。『インテル経営の秘密』(早川書房、1996年)の中で、グローブはOKRを次の2つの質問に答えるものと説明している。 1 自分はどこに向かおうとしているのか?(目標) 2 その目標に近づいていることをどう把握するのか?(前進していることを示す主な成果)   ● 飛躍型企業では、OKRとあわせて評価指標のダッシュボードが、パフォーマンス測定のデファクトスタンダードになりつつある。会社全体、チーム、個々の社員も、この形で把握するのだ。たとえばグーグルではすべてのOKRを社内で公開しており、誰でも確認できる。 ● 自律型組織(A) … Continue reading 繰り返し読みたい。『シンギュラリティ大学が教える飛躍する方法~ビジネスを指数関数的に~』

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未来を確定的なものとして認識する。『未来予見〜「未来が見える人」は何をやっているのか?21世紀版知的未来学入門~』

  「未来を予想する最善の方法は未来を創ることだ。」というような表現は有名ですが、本書では「未来を確定的なものとして認識することで、その流れにそって現実がやってくる」というような表現がなされています。 確かに偉大は発明家や起業家は、時代を創ったと言われるほどのことを成し遂げていますが大多数の人たちにとっては難易度が高過ぎる挑戦でしょう。しかし、例えば、AIが発達し単純労働が減少する未来や、アフリカ大陸に暮らす10億人を超えるマーケットが勃興する未来を確定的なものと認識し、その未来に合わせて何らかの準備や仕込みをしていけば、その他大勢との競争から抜け出すことは、そう難しくないかもしれません。 何らかの理想を実現することが得意な人たちは、無数の情報の中から、不要な情報に気を取られることなく、自分に必要な情報のみ純度高く手繰り寄せていて、そういう人たちは、未来を確定的なものとして認識し、未来から流れている時間を、エネルギーを、うまく利用しているというのはおっしゃる通りだなあと思いました。         【抜粋】●未来学というのはそういうことに対して歯止めをかけるための知恵の体系といえるでしょう。想像力を働かせることによって、本当は起こってもらっちゃ困るけれども、それは人為的なミスもあれば、想定外の巨大な自然災害もあるわけだから、そういうことに対して常に最悪の事態を想定して、「想定外」という言い訳ができないようにしておくっていうのが未来研究の真髄・エッセンスなんです。 ● 負けなければ、続けられるからね。勝つためには負けないこと、そのとおりです。常に夢を追いかける、理想を追い求めるっていうのは、それは大事なことなんですが、夢や理想を実現するためには、その反動というかその途中でいろんな落とし穴があったり障害物が必ずあるわけだから、そういう負の側面・負のファクターをどれだけ想像力を豊かにして思いつき、考え出して、それを防いでいくことができるかどうか。それも未来学という学問の一つの側面ですね。   ● 毎年、アメリカで開催されている「世界未来学会」の総会に出席してみて下さい。私自身、何度も参加しているのですが、毎回、驚きの連続です。というより、ビジネスチャンスの宝庫なのです。なぜかというと、この学会は、最先端の人たちの本気の集まりだからです。世界最大の予算を投入して最先端の研究に取り組んでいる国防総省の先端技術開発庁(DARPA)の専門家や民間企業やシンクタンクのフューチャリスト(未来研究者)が集まります。世界未来学会へ参加するということは、彼らの持ち寄る「時代の先を行く」アイディアや試作品との出会いがあるのです。 ● 定点的にウォッチしているとそういうシグナルがシグナルだと分かるようになるわけですよね。感度が立つというか、張り付いて見ているからこそ微差に敏感になるというか。魚釣りでもそうですけど、ずーっと糸を垂らして注視していると、わずかな引きですら、敏感に感じ取れるようになる。そういうことに似ています。 ● そういうものって、過去からずっと積み重ねてきていないと、なかなか気づけない。未来学が、単なる思いつきみたいな「予言」や、スピリチュアル的な「占い」とは全く違うというのはそういう部分です。張り付いて、積み上げたエビデンスを元に仮設を組み立てていく。極めて精度の高い未来予見アプローチだというのはそういうことです。 ● まず大事な視点として一つ。未来学という学問は、単に5年先や10年先に実用化されそうな、技術開発の動向や社会の変化に焦点を当てて満足するものではないということです。むしろ、既存の常識を一度ご破算にして、人類や地球環境の望ましい姿、あるいは人と自然や機械との関わりを見つめ直し、そこから新たな未来へのシナリオを描くための意識改革の手段に他ならないということをお伝えしておきたいと思います。 ● 問題そのものはずっと存在していたにも関わらず、人々が関心を寄せるまではその問題はあたかも存在しないような扱いを受ける傾向が強い。当然のことだけど、社会の関心が向かなければ対策はなおざりにされてしまいますね。ようやく、その日を契機に、政府も企業も、環境対策に本腰を入れて取り組まざるを得なくなったんです。一事が万事で、人々の認識を変える力の存在を知り、それをどうマスコミを通じて情報提供するかを考えるのも、未来戦略。 ● 未来予測の最重要指標は、人口動態。浜田 世界から見ると、日本は自分の国のことだけしか考えていないという具合に見られるわけです。それが本当に日本のビジネスにとってプラスかどうかということです。いろんな日本を取り巻く世界の環境、人の動き、物の流れ、そういうものを常にこのままの状態で5年経ったらどうなるか、10年経ったらどうなるか、そういう未来を予測する時の一番確実な指標は「人口動態」なんです。 ● 人間というのは誘惑に弱い。だから、平気で人を殺めたり、戦争をしたり、環境を破壊している。それは事実なわけで、では、果たしてそんな人間に地球の未来を託していいのか。そんな問いがある一方で立つ仮説というのは、人工知能が人類を含めて地球のあらゆる生物や環境に最適な未来図を描いて、それに反するものは人間であろうと動物であろうと排斥していく。そんな未来というのもある。人間より上位概念を人間が作り出してしまうことへの疑問はあるかもしれないけど、そのことによって人類が生き延びる、地球が生き延びるっていうことになるのであれば、それが宇宙の真理というか、世界の未来にとって欠かせないということになる可能性も否定できない。どちらが正しいというのは言えないけど、複雑な問題だよね。 ● 自分が何を未来に託しているか。浜田 荒唐無稽な話だからといって、非現実的だとは言えない。もうどんどん夢が現実のものになる。人間は想像力が豊かですよね。でも、想像したものは必ず実現する。良い想像もあれば、悪い想像も。そこのところを押さえておかないといけないんです。そういう悪い想像の産物が現実のものにならないように、どう歯止めをかけていくのか。それが個人の意識のレベルでは押さえが効かなくなるような現状に我々は常に背中合わせしていると思うので、そこのところをどう意識改革できるかどうか。そういうことを考える余裕・スペースがあれば、日頃のいろんな人との、あるいは自然との接し方、あるいは何を食べたり飲んだり、何を身につけたり、そういう日常的な活動にもいろんな新しい意味が付与できる。そこがまた新しいビジネスになるという無限大の可能性の前に我々はいると思うんです。そういう柔軟な発想がどこまでできるかどうかというところで一人一人の人生設計を考える。 ● せっかくこのタイミングでこの環境に我々は生を受けて今、生きているわけだから。 「生きている」っていうことの意味は何かというと、「未来へ繋げられる」っていうこと。未来への道筋を試行錯誤するにせよ、自分の肉体や自分の意識を通じてどこまで進化させることができるかどうかっていうことですから。自分自身の挑戦は社会を変える挑戦に繋がりますよ。そんな可能性が手の中にある、みなさんの中にあるっていうことですから。そう捉えると素晴らしい可能性しかないですよ。 ● 日本人って動物としての本能みたいな部分がすごく弱くなっちゃっているんじゃないかなと思うんです。鋭敏に尖っていた部分が全て丸くなっちゃっているというか。平和ボケというか。あまりに無自覚で、無条件に世界を信じすぎている。それは信じるというより、もはや無思考に近い放棄具合というか。 浜田 弱くなってる。あまりにも抗菌思想というか・・・。 原田 抗菌・除菌。潔癖なところがある。(笑)浜田 そう、抗菌・除菌。そして潔癖。 原田 世界は綺麗で美しい、みたいな性善説100%みたいな捉え方「しか」ないっていうのが問題なんですよね。変に潔癖なくせに、本当に危険なものを察知できないぐらい嗅覚だとか、触覚だとかみたいなプリミティブな動物としての本能が弱っちゃってるわけですよね。   ●時間は、未来から現在に向かって流れている。  ・・・で、この原則を逆手にとって考えれば、裏技が見えてくる。  それは、未来は自分で勝手に決めればその流れになるということ。  だって、時間というのは未来から流れてくるんだから、先回りしてこれからやってくる未来をまず確定させてしまう。そうすれば、その流れにそって現実がやってくるってわけ。  これを俺は「確定未来」を決める、という表現をしている。~未来を自ら決めること・・・すなわち、未来を確定的なものとして認識することをしてしまうわけ。 「確定未来」という考え方は、つまり、未来を自分自身で確定してしまう、という発想だ。  未来から時間が流れているのだから、その未来の確定事項を決めてしまえば、エネルギーはその方向から流れてくる。つまり、イメージが現実に限りなく接近するような流れになる。  私も含めてだが、思い描いたことを実現するのが上手な人たちを観察していたり、会話をしていると、ほぼ例外なくこのパターンを使いこなすことが『当たり前』となっていることにあるとき気がついた。これは1つの法則と呼んでもいいんじゃないかというレベルで例外なく、夢を叶えたり、途方もないことを達成したり、何かの分野でナンバーワンになったりする人たちというのは、このパターンに従って生きている。  

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心躍る。『ボールド 突き抜ける力 超ド級の成長と富を手に入れ、世界を変える』

  最近、心躍り出す機会が増えている。窮地に立たされていても、見方を変えればチャンスしかないと信じられる。このような信念を支える一つの契機となっているのは、本書の中でも繰り返し語られる指数関数的な変化が起き続ける時代背景にある。AIやロボティクスなど分かりやすいテクノロジーだけでなく、様々な分野でエクスポネンシャルな進化が起きている。劇的な変化が起きる分野に直接的に関わるだけでなく、その結果、生み出された社会において、必要とされるであろう人間の欲求、市場のニーズと、どう向き合っていくかを考えることほどエキサイティングなことはないなあと、ワクワクしています。 ”””本書は今日のエクスポネンシャル起業家、すなわち超ド級の成長と富を手に入れ、世界を変えたいと願うすべての人のためのマニフェスト(決意表明)であり、マニュアル(手引き)である。加速するテクノロジー、スケールの大きい発想、クラウドの力を生かすツールの活用に関する参考資料である。あなたが起業家なら(気持ちのうえでは起業家というケース、あるいはすでに会社を興しているケースのどちらでもいい)、住む場所がシリコンバレーか上海か、大学生か多国籍企業の社員かに関係なく、本書が役に立つだろう。本書には意欲や能力を本気で高め、とびきり壮大な志を抱き、世界に影響を与えるための方法が書いてある。(「序章」より)”””     【抜粋】● とてつもない衝撃、劇的な変化、それに続くすばらしい再生という物語は今日の状況、特に産業界のそれと驚くほど似ている。まさに今、新たな小惑星が世界に衝突し、巨大で動きが鈍い者を消し去り、動きが速く機敏な者の前には洋々たる前途が拓けている。今回の小惑星の名は「エクスポネンシャル・テクノロジー」という。この名を聞いたことがない人でも、その影響は目の当たりにしているはず ● ここで重要なのは「エクスポネンシャル・テクノロジー」とは指数関数的な成長曲線を描くすべての技術を指しているということだ。すなわち一定期間ごと(半年ごと、1年ごとなど)に性能が倍増していく技術であり、その最たる例がコンピューティング技術である。モンゴルのどこかで現在使われているスマートフォンは、1970年代に最も性能の高かったスーパーコンピューターと比べて価格は100万分の1、性能は1000倍である 。これが現在の世界におけるエクスポネンシャルな変化の姿である。 ● イェール大学教授のリチャード・フォスターによると、1920年代にはS&P500企業の社歴は平均67年に達していた(注14)。だがもはやそんな時代ではなくなった。今日、連鎖反応の最後の三つのDによって、あれよあれよという間に企業が解体され、産業が破壊されるようになり、その結果、21世紀のS&P500企業の社歴はわずか15年に縮まった。バブソン・ビジネススクールの研究によると、今から10年後には今日の上位企業の4割以上が消滅しているという(注15)。「2020年には、S&P500企業の4分の3以上をまだわれわれが聞いたことのない企業が占めるようになるだろう」とフォスターは語っている。 ● エクスポネンシャルなロードマップを読み解く  心理学者のエドウィン・ロックは著書『プライム・ムーバーズ (注1) 』で、スティーブ・ジョブズ、ウォルマート創業者のサム・ウォルトン、ジャック・ウェルチ、ビル・ゲイツ、ウォルト・ディズニー、J・Pモルガンをはじめとする傑出したビジネスリーダーの中核をなす精神的特性を挙げている。彼らの成功に寄与した要因は多々あるが、ロックは全員に共通するカギとなる特性を突き止めた。「ビジョン」である。 「凡人と彼らの最大の違いは、先を見通す能力だ」とロックは語っている (注2) 。「過去の栄光に安住し、昨日うまくいったことが今日も明日もうまくいくと考える会社は必ず失敗を犯すことをデータは示している。傑出したリーダーはみな、はるか先を読み、そのビジョンに向かって迷いなく組織を導いていく。スティーブ・ジョブズが良い例だ。ジョブズは『そんなことは不可能だ』と言う人間には、さっさと見切りをつけた。未来のビジョンがあり、まったくぶれなかった。 ● 本書の重要な目的の一つは、ある技術が起業家の参入に最適な状態になるという決定的タイミングを指し示すことだ。ワトソンがクラウドに置かれ、誰もが利用できるオープンなAPIと結びついたというのは、まさにそうしたタイミングの始まりを意味する。モザイクのときのようにインターフェースが爆発的成長を遂げ、AIがさまざまな事業に使われるようになり、潜行段階から破壊的成長への移行が始まる可能性がある。エクスポネンシャル起業家よ、ぼやぼやしている場合ではない。 ● レイ・カーツワイルはこう指摘する。 「まもなくわれわれはAIに、電話での会話をすべて聞かせるようになるだろう。さらにはメールやブログを全部読み、会議の内容を傍聴し、ゲノムスキャンの内容をチェックさせ、食事や運動量を監視し、さらにはグーグルグラスのフィードまで見る許可を与えるようになる。そうすることによってパーソナルAIは、あなたが必要と感じる前に必要な情報を提供できるようになる。 ● あなたのありふれた一日を想像してみよう。朝、ベッドから起きて最初にすることはなんだろう? そう、歯磨きだ。今の歯磨き粉はほとんどが白いフレーバー付きのものだが、合成生物学によってあなたの口臭を引き起こしている微生物に一番効果的な歯磨き粉をカスタムメイドできるようになる。「それだけではない。歯磨きの手を止めた後も、ずっと口内を掃除し続ける超微粒子を含めることもできる。感染症、ガン、糖尿病を感知したら色が変わるようにしたり、微生物叢のバランスを整えるようなプロバイオティック(体に良い働きをするバクテリア)を発生させるようにしたりすることもできるかもしれない。合成生物学はこれをすべて可能にする。しかも歯磨きという朝一番の作業だけでこれだけの変化が起きるのだ」 ●エクスポネンシャル起業家として成功しようと思うなら、この可能性を理解することが必要だ。考えてもみてほしい。ほんの20年前なら、コンピューター・アルゴリズムによって風変わりな名前の会社(ウーバー、エアビーアンドビー、クワーキー)が20世紀型の企業を破壊してしまうなどという話は絵空事に思われただろう。15年前ならスーパーコンピューターを使いたければ、自分で買うしかなかった(クラウド経由で1分だけ借りるということはできなかった)。10年前には遺伝子工学は大規模な政府や企業に限定されており、3Dプリンティングといえば高価なプラスチック製のプロトタイプをつくる道具でしかなかった。7年前には起業家の手に入るロボットといえば掃除ロボットの「ルンバ」ぐらいで、AIと言えば音声付きのATMぐらいで、高速道路を走る自動運転車など夢のまた夢だった。そして2年前には100歳を超えて生きるというのはとんでもないことに思われた。こう考えると、現在の状況がどれほどすさまじいものかわかるのではない ● 確かに、これはとんでもない状況である。今日のエクスポネンシャル起業家は(スティーブ・ジョブズの表現を借りれば)「宇宙にへこみをつくる」ための手段を十分すぎるほど手にしている(注62)。かつてないほどの速さで10億ドル企業が誕生し、数兆ドル規模の産業が生まれようとしている。ただエクスポネンシャルの世界で腕試しをする前に踏んでおくべき最も重要なステップは、自分にはそれができるという確信を持つことだ。だから次の3章では、エクスポネンシャル起業家の装備として欠かせないツールに目を向ける。 ● 高みを目指すのは、技術的に難しいというだけではない。心理的にもきわめてハードルが高い。本書のためにインタビューしたイノベーターはみな口をそろえて、メンタルの重要さを指摘した。正しいマインドセットを持たない起業家が成功する見込みはゼロだ、と。  まさに同感だ。モノの考え方がすべてである。できると思う人はでき、できないと思う人はできない。 ● 目標を設定することによってパフォーマンスと生産性は11~25%向上することを発見した 。かなりの増加幅と言える。8時間労働を基準とすると、作業に心理的な枠(つまりは目標)を当てはめるだけでプラス2時間分の労働を引き出せることを意味する。とはいえ、どんな目標でもよいわけではない。ラサムはこう指摘する。 「われわれの研究の結果、モチベーションや生産性を最大限高めるには、大きな目標ほど効果的であることがわかった。大きな目標は、小さな目標、中くらいの目標、曖昧な目標のいずれをも大幅に上回る成果をあげた。最終的に重要なのは集中力と粘り強さで、この二つがパフォーマンスを決定する最も重要な要因だ。大きな目標ほど作業者を集中させ、粘り強くする。この結果、作業がより効率的になり、失敗しても再び挑戦しようという意欲が高まる」  これはエクスポネンシャル起業家にとってきわめて重要な情報である。どんな事業でも立ち上げるのは大変だ。ある産業を破壊する意図を持って事業を立ち上げるのは、恐ろしいことこのうえない。しかしロックとラサムの研究は、恐怖を乗り越えるための知られざるテクニックの存在を示唆している。大きな目標を設定することは、集中力やモチベーションを高め、実際にこうした目標を達成するのに役立つのだ。 ● シリコンバレーの非公式なスローガン「早く、たくさん、前のめりに失敗する」だ (注8) 。  突き抜けた成功を狙うベンチャー企業、特に本書が説くような世界を変えるタイプのベンチャー企業には、このような実験的アプローチが求められる。ただほとんどの実験は失敗に終わるので、真の進歩を遂げるには山ほどのアイデアを試し、実験の間隔を縮め、結果から導き出された知識を蓄積していかなければならない。これが素早い反復 ●「デザイナーのチームに何年もかけて誰もが欲しがるような機能を山ほど盛り込んだ究極のメールを開発させるのではなく、グーグルは機能が三つしかない段階でGメールをリリースし、顧客に『他に何が欲しいか』と聞いたのだ。きわめて迅速なフィードバックループであり、ひたすら反復を繰り返した。リンクトイン創業者のリード・ホフマンにもこんな名言がある。『製品のバージョンワンを恥ずかしいと感じないなら、出すのが遅すぎたということだ ● ザッポスCEOのトニー・シェイは専門性を重視し、「成長と学習の追求」を中核的な企業理念とすることで小売業界の破壊を推進してきた。「失敗は恥ではない。通過儀礼だ」というのは名言である(注15)。そしてトムズ・シューズCEOのブレイク・マイコスキーは、販売した靴の数だけ途上国の子供に靴を寄付するという方針を打ち出すことで、人々の目的意識を味方に付けた。  このような精神的支柱を持つグーグル、ザッポス、トムズ・シューズが、記録的な速さで業界のリーダーとなったのは意外ではない。自律性、専門性、目的意識をコアバリューとして会社をつくれば、急速な成長は必然となる。しかも、もはや他の選択肢はないのだ。加速度的に変化が進む世界に身を置くエクスポネンシャル起業家には、人間の第三の欲求をうまく生かすことが絶対に欠かせない。スカンクワークスを立ち上げなくては第三の欲求を引き出せない大企業と比べると、野心的起業家には強みがある。自律性、専門性、目的意識を後から無理やり植えつけるのではなく、最初から企業文化に埋め込むことができるから ● 10倍の改良というのはとんでもない目標だが、これほど高い目標を掲げるにははっきりとした理由があるという。 「10倍を目指すというと、10倍難しいことだと思われがちだ。でも実際には大きい目標を目指すほうが簡単なことが多い。直感的には納得できないが、何かを10%改良しようとすれば、それは自動的に現状を受け入れ、少しずつ良くしていくことを意味する。つまり現状から出発し、その前提条件をすべて受け入れ、きまったツール、技術、プロセスの制約の中で多少改善できればいいという話になる。自分自身も仲間も、世界中の他の人々と知恵比べをすることになる。それではどれほどリソースに恵まれていても、統計的には勝てる見込みはない。一方、ムーンショット型の発想をして、何かを10倍良くしようと思うなら、既存の前提を受け入れることは不可能だ。マニュアルは捨て、モノの見方を変え、知恵やリソースの代わりに勇気と創造力を生かすのだ」  重要なのは、この「モノの見方を変える」という部分だ。それはリスクテイクを促し、創造力を解き放つと同時に、どうしても避けられないマイナス要因に耐える力を与えてくれ ● 「データなければ死を」というのがグーグルXのやり方だ。すべてのプロジェクトは測定可能、検証可能でなければならない。進捗を測る方法がなければ、そもそもプロジェクトをスタートすることもできない。そして進捗状況は繰り返し評価される。打ち切られることもあれば、グーグル本体に吸収されたり、「保留」(継続は認められるが、規模拡大はできない)にされたりする。「個々のプロジェクトはかなり自由にやれるが、全体として見ればきわめて厳格なプロセスだ」とテラーは言う。 ● 平均的な起業家にはグーグルのエコシステムのように同時に何十というプロジェクトを立ち上げたり、止めたり、保留にしたりといった余裕はないかもしれないが、複数の実験を並行して進め、素早い反復と厳しいフィードバックループによって「前のめりな失敗」を増やすことはできる。さらにテラーによると、こうした厳格な取捨選択のプロセスは資金調達にもプラスに働くという。 … Continue reading 心躍る。『ボールド 突き抜ける力 超ド級の成長と富を手に入れ、世界を変える』

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愛だろ、愛っ。 ~メディア化する企業はなぜ強いのか?フリー、シェア、ソーシャルで利益をあげる新常識、小林 弘人~

    情報伝達の手段として、「誰が発信したか?」というのは言うまでもなく、非常に重要なファクターだと思うのですが、権威ある情報発信者になってから発信しようとしたら、いつまでたっても、発信できやしません。そのような原則を自覚した上で、地道に積み上げていくという戦略を取ること、すなわちフローの情報がバズるようなことって、一か八か過ぎるので、しっかりストックされるように情報を発信していくべきだということ、これは大切だなと。 ””情報が生成され配信されるサイクルが速いものを「フロー」、書籍のように文脈を生み出し、情報の頻度自体が遅いものを「ストック」と定義しました。論文や調査報告書のようなものはストック、ニュース速報だけならフロー、ということです。雑誌の多くはこのフローとストックの混ざったものです。次に内容について考えてみました。プレスリリースを思い浮かべてほしいのですが、ただ情報だけを羅列したものを掲載しただけでは、誰も雑誌とは呼びません。その情報にどのような価値があるのか、「視点」を与え、文脈を付与する必要があります(それが編集者の役割です)。そして、できればそれが読者にとって(自社だけのためではなく)価値の高いものであれば、もう立派な雑誌と言えるでしょう。 そのうえで、誰が発行者であろうと、フローかストックのどちらかの性質を絶妙に帯びつつ、扱う情報について新たな視点を与えることに成功したものが「雑誌的」となります。また、雑誌が扱うジャンルやテーマは極めて多様であり、情報をどう扱うかによって、「新聞」「雑誌」「書籍」というようなレッテルが貼られるのだと考えます。雑誌的であることは、ニュースや書籍といったメディアのスタイルをも包含することができる〝万能〟さが特徴です。 情報の扱い方以外にも、刊行される頻度のみによって、メディアの性格を分けようという考え方もあります。しかし、今日ではその定義も曖昧になりつつあります。定期刊行物としての日刊、週刊・隔週刊、月刊・隔月刊、季刊、年刊等の分類はメディアがまだ紙だけしかなかった時代の名残です。ブログやツイッター、フェイスブックでは、日刊よりもさらに速い更新頻度(分刊、時刊)でニュースが配信されています。””       昨今のコンテンツマーケティングとかオウンドメディアのゴールって、ついつい新規顧客の獲得という名目で捉えられやすく、特に大手以外の中小企業、零細企業にとっては、ブランディングとか言っている場合じゃないというのが大方の本音だと思いまして、だから挑戦しようにも挑戦しづらいわけです。それでも、既存顧客とのリレーションを創るという大前提を含め、以下のような目的を合意できれば、中小企業こそが、メディア化していくべき、というのは、とても腹落ちしやすいことなんじゃないか、と。     ””メディア化させるということは、実は顧客との絆を高め、企業ブランドを長期において顧客と共に育むことにつながります。そのため、究極の対話型マーケティングとなります。そして、そのような自社メディアの立ち上げについては、短期的なものとしてキャンペーンに付随したメディアと、長期的なメディアの二つのケースがあると思います。基本的には長期的視野に立ったメディア展開が主軸となり、そこからコンセプトやトーンを変え、違う顧客を攻めたいときや、実験的なことを行いたいときに、自社メディアと別の短期的施策として、商品やサービスの数だけ個別のメディアを立ち上げるといったイメージでしょうか(資金力と人的資源が伴えば、という前提があります)。メディア化を構成するために必要な要素は、「コンテンツ」「テクノロジー」「マーケティング」となります。しかし、現在はこれに加えて、来店してくれた人のクチコミが加速できるような設計も必要です。なので、「レコメンデーション(推薦)」を上記に加えたいと思います。””   で、メディア化って言うけれど、そんな簡単に出来るものじゃない、という反応が予想できるわけですが、著者が言うように、それって、愛がある人がやれば成功確率めっちゃアップするよ、ということだと本気で思うわけです。   ””メディア化戦略はセンチメントなもの 不思議なもので、雑誌などがまさにそうですが、作り手が醒めていると、コンテンツは無機質でつまらないものになります。テクニックが洗練されていなくても、そこに作り手の愛さえあれば、不思議と魅力的かつパワフルなものが創出できることがあります。メディア化戦略を方程式ばかりで語れない理由はそこにあります。素人がプロも驚くような人気コンテンツを作ることがあります。本書もただ数字や方法論を並べて、試験勉強のアンチョコのように見せることも可能です。でも、おそらくそのような態度からは魅力的なメディアは成立しづらいでしょう。多くのメディアはそうやってユーザーのセンチメントをほんのちょっと先回りし、いろいろなコンテンツを提案してきました。もし、外れたとしても、ウェブならすぐに挽回できます。それに、どれがハズレでどれが当たりかは、継続によるサイクルから事後的に理解できるものです。メディア化戦略が継続的施策である理由のひとつに、長いスパンでわかってくることが多々あるからです。即効性を求めて短期的な費用対効果を設定してしまうと、あまりうまくいきません。お薦めは、メディア化戦略におけるスコープ(目的と範囲)を決めたうえで、最終ゴールとしてのKPI(重要業績評価指標)以外に、四半期や半期に一度のKPIを設定し、メディアの育成に併せてPDCAサイクル(計画、実行、評価、改善)を形成していくことです。”” あー、そうだ。これって、愛だよ愛。        

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「世界により良いことをしよう。」~グッドワークス!フィリップ・コトラー ~

  「人間らしい仕事とは何だろうか?」という問いに対する回答の1つに、僕達は、人類を主語にした「より良い世界を創る」という、一見、気高く、シンプルな答えに、繰り返し行き着くものだと思っている。   「世界により良いことをしよう。」という提案、思想は、今更感があると言う人もいるし、分かってはいるけど、実際にアクションし辛いというのが本音であると言う人もいる。つまり、なんだかんだ言って、アクションしていない人達が多数なのですが、コトラー先生たちが言っていることは、そういう社会貢献的な活動は、世界をより良くするだけではなく、そもそも、この資本主義の過渡期にあっても、企業活動の目的達成(利益捻出)のためにも、非常に役立つスタンスである、というようなことを示唆して下さっている。     社会貢献活動におぼれ、本質的目的を見失わない限りは、やらないより、やった方が良いことであることは間違いないなと改めて、思いました。単純なようですが、価値主導のマーケティング3.0、自己実現をサポートするマーケティング4.0を体現するという基本的思想を、実践していきたいと思います。     “”現在、社会貢献活動による寄付の選択肢の幅は広い。現金供与のみに集中していた過去の慣習を破り、製品やサービスの寄付、技術的知識の提供、施設や流通経路や機器の使用等といった、より創造的な寄付戦略へと展開している。 企業の社会貢献活動の主な強みとしては、企業の知名度や好感度の向上、意欲的な労働力の勧誘と維持、とりわけ地域コミュニティの社会的課題に影響を与えることや、その他の企業の社会的取組みを活用することなどがあげられる。近年、専門家が期待を寄せる、企業が模索すべき潜在力のある社会貢献活動への取組みとは、生産性を向上させ、市場を拡大し、将来につながる労働力を強化できるというものである。また、最大の懸念事項として多数の指摘を受けているものは、コーズを共有する力強いパートナーを厳選すること、選ばれた課題に関する株主の懸念に対処すること、企業の取組みをうまく可視化すること、影響と成果についての追跡と測定を行うこと、である。 これらの懸念事項への最善の対応策は、企業の使命に関連している社会的課題を選び、コーズや寄付の割合の意思決定の際に他の部署を巻き込むことである。プログラムを策定するときは、従業員を関与させ、経営陣の支援を確保し、適切なコミュニケーション計画を立てることが肝要である。“”    

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浪漫に満ち溢れた未来。~〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則 、ケヴィン・ケリー~

    ””しかし、しかし……ここで重要なことがある。インターネットに関してはまだ何も始まっていないのだ! インターネットはまだその始まりの始まりに過ぎない。それは何より〈なっていく〉ものなのだ。もしわれわれがタイムマシンに乗って30年後に行って、現在を振り返ってみたとすると、2050年の市民の生活を支えているすばらしいプロダクトのほとんどは、2016年には出現していないことに気づくだろう。未来の人々はホロデックやウェアラブルなVRコンタクトレンズ、ダウンロードできるアバター、AIインターフェースなどを見ながら、「あぁ、あの頃には、インターネット(その頃は何と呼んでいるのか知らないが)なんて、まるでなかったんだね」と言うだろう。 2050年の年寄りたちはあなたにこう語りかけるだろう。2016年当時にもしイノベーターでいられたなら、どんなにすごかったか想像できるかね、と。そこは広く開かれたフロンティアだったんだ! どんな分野のものも自由に選んで、ちょっとAI機能を付けて、クラウドに置いておくだけでよかったんだよ! 当時の装置のほとんどには、センサーがいまのように何百じゃなくて、一つか二つしか入っていなかった。期待値や障壁は低かった。一番になるのは簡単だった。そして彼らは「当時は何もかもが可能だった。そのことに気づいてさえいれば!」と嘆くのだ。””   なんてロマンチックなのだろう。これ以上の浪漫があるのだろうか。この世界の多くの人達は、只ならぬ変化の真っ只中にいることを、何となく分かっていても、何をすれば良いのかわからない。どうすれば比類なき、このビックウェーブに最高のタイミングで乗れるのかわからない。失敗して苦しむくらいなら様子を見る。要するに、波に巻き込まれて溺れ死ぬような度胸もない。だから慎重に慎重に最高のタイミングを見計らって、何度も乗り過ごしてる。見過ごしてる。   上手くうまく大波に乗って英雄になったサーファーたちに憧れ、時に嫉妬する。すでに何度も繰り返してきた光景だった。大きなうねりがある。今までに見たことがない大きな波になるかもしれない。今から準備しておけば、、、今しかない、、、そうやってパドリングをはじめる、パドリングを始めた瞬間、色々なことが頭に浮かんでくる、待てよ、、、体調は万全か?本当にここ波で良いのか?次の波の方が大きな波かもしれない、みんなもこの波を待ちわびていたんじゃないか?ライバルが多すぎるんじゃないか?そうだ、次の波まで待とう、そしたらライバルが少ないかもしれない、そうだそうだ。そんな都合の良い解釈を繰り返してきた。そんな自分の解釈に嫌気がさしている。もう十分に、待ちわびてきたじゃないか。そんな臆病な僕達に、賢者が語りかけてくれる。   “”居心地が悪くない世界はユートピアだ。しかしその世界は停滞している。ある観点から完全に正当に思える世界は、他の観点からは恐ろしく不公平だ。ユートピアには解決すべき問題はないが、チャンスもない。  ユートピアは絶対に上手くいかないので、われわれはこうした「ユートピアのパラドクス」に悩む必要はない。ユートピアのシナリオには、どれも自己崩壊につながる欠陥があるからだ。ユートピアに対する私の反感はさらに根深い。自分が住みたいと思えるような、想像上のユートピアにいままで出合った試しがない。どれも私には退屈なのだ。その正反対のディストピアの方が、よっぽど面白い。それに、想像するのもずっとやさしい。 地上に最後の一人しか残っていない黙示録さながらの世界や、ロボットの大君主が支配する世界、徐々にスラム街へと崩壊していく地球規模のメガシティーを想像できない人はいないし、最も簡単なシナリオとしては、核戦争によるアルマゲドンが考えられるだろう。現代文明が崩壊する可能性なら、いくらでも列挙できる。しかし、映画にできそうなドラマチックな話題で、想像するのがずっと容易だからといって、ディストピアが起こるかもしれないというわけではない。””   僕なりに解釈すると、僕達が妄想するようなユートピアや、ディストピアは極端なものであって、複雑に見えるこの世界は、いわゆる見えざる手のような何らかの生態系によってバランスされ、着地していくだろう、と。   “”プロトピアは〈なっていく〉ものなので、それ自体を見るのは難しい。それはプロセスであり、他のものの変化に常に影響を与え、自分自身を変え、変異しながら育っていく。変わり続けるゆるやかなプロセスに喝采を送るのは確かに難しい。でもそれが見えていくかどうかは重要だ。””   だけど、何らかのバランスされた秩序、無秩序な世界を、プロセスを見ようとするべきだし、見えていることは重要だよ、と示唆してくれている。   “”つまりこういうことだ。いまここですぐに、2016年から始めるのがベストだということだ。歴史上、何かを発明するのにこんなに良いときはない。いままでこれほどのチャンスや、いろいろな始まりや、低い障壁や、リスクと利得の格差や、収益の高さや成長が見込めるタイミングはなかった。いまこの瞬間に始めるべきだ。いまこそが、未来の人々が振り返って、「あの頃に生きて戻れれば!」と言うときなのだ。””     というわけで、素晴らしい機会に恵まれた時代に生きているなあ、と感謝しつつ、今、目の前にある幸せを噛みしめつつ、大それたことに、思いを馳せる前に、まずは何より、身の回りの事業やお客さん、共に働く仲間、友達、家族を大事にしていかないとな、と考えさせられる日曜の昼下がりでした。         【抜粋】 ★われわれはAIについて、それが何を意味するのかを再定義してこなかった──人間にとってどういう意味があるかということだけを再定義してきたのだ。過去60年以上にわたり、人間に固有だと考えてきた振る舞いや才能を、機械的プロセスがそっくり再現してきたことで、われわれをそれらと分かつものは何かと絶えず考えてこなくてはならなかった。より多くの種類のAIが発明されれば、人間に固有だと思われていたものをさらに放棄せざるを得なくなるだろう。われわれだけがチェスを指せる、飛行機を操縦できる、音楽を作曲できる、数学の法則を発明できる、という考えを一つひとつ放棄することは、苦痛に満ちた悲しみだろう。これからの30年、もしくは次の世紀まで、人間は一体何に秀でているのかと、絶えずアイデンティティーの危機に晒されることになるだろう。もし自分が唯一無二の道具職人でないなら、あるいはアーティストや倫理学者でないならば、人間を人間たらしめるものはいったい何だろうか? 極めつけの皮肉は、日々の生活で役立つAIのもたらす最大の恩恵が、効率性の増大や潤沢さに根ざした経済、あるいは科学の新しい手法といったものではないことだ。もちろんそうしたことはすべて起こるだろうが、AIの到来による最大の恩恵は、それが人間性を定義することを手助けしてくれることだ。われわれは、自分が何者であるかを知るためにAIが必要なのだ。   ★これはマシンとの競争ではない。もし競争したらわれわれは負けてしまう。これはマシンと共同して行なう競争なのだ。あなたの将来の給料は、ロボットといかに協調して働けるかにかかっている。あなたの同僚の9割方は、見えないマシンとなるだろう。それら抜きでは、あなたはほとんど何もできなくなるだろう。そして、あなたが行なうこととマシンが行なうことの境界線がぼやけてくる。あなたはもはや、少なくとも最初のうちは、それを仕事だとは思えないかもしれない。なぜなら退屈で面倒な仕事は管理者がロボットに割り振ってしまうからだ。  われわれはロボットに肩代わりしてもらう必要がある。政治家たちがいま、ロボットから守ろうとしている仕事のほとんどは、朝起きてさあやろうとは誰も思えないものだ。ロボットが行なう仕事は、われわれがいままでやってきて、彼らの方がもっと上手にできる分野のものだ。彼らはわれわれがまるでできない仕事もやってくれる。必要だとは想像もしなかった仕事もやってくれる。そうすることで、われわれが新しい仕事を自分たちのために見つけるのを手伝ってくれる。その新しい仕事が、われわれ自身を拡張していくのだ。ロボットのおかげで、われわれはもっと人間らしい仕事に集中できる。  それは不可避だ。ロボットたちには仕事を肩代わりしてもらい、本当に大切な仕事を頭に描くのを手助けしてもらおう。   ★経験の価値は上がり続けている。高級なエンターテインメントは毎年%伸びている[222]。レストランやバーの利用は、2015年だけでも9%伸びた[223]。一般的なコンサートのチケット価格は、1981年から2012年までの間に400%伸びた[224]。これはアメリカにおける医療介護についても同じだ。それは1982年から2014年の間に400%伸びた[225]。アメリカにおけるベビーシッターの価格は時間当たり15ドルだが、これは最低賃金の2倍だ[226]。アメリカの大都市では両親が夜間に外出するとき、子どもの世話を頼むのに100ドルを払うのは当たり前だ。身体の経験そのものに個人的な注目を集中して振り向けるパーソナルコーチは、一番成長が著しい仕事だ。ホスピスでは、薬や治療の価格は下がっているが、在宅訪問といった経験が絡むものは高くなっている[227]。結婚式のコストは上限がない。それらはコモディティーではなく経験なのだ。われわれはそうしたものに、希少で純粋な注意を向けている。こうした経験をデザインするクリエーターにとって、われわれのアテンションには大いに価値がある。経験を創造したり消費したりするのに人間が優れているのも偶然ではない。そこにはロボットが出る幕はない。   ★没入環境やVRの世界も将来は不可避的に、以前の状態に戻れるようになるだろう。実際のところ、デジタルであれば何でも、リミックスされるのと同様、やり直しや巻き戻し可能性を持つだろう。  もっと先の話としては、われわれはやり直しボタンが付いていない経験に我慢できなくなっていくだろう──たとえば食事といったものに。実際には食事の味や匂いを再度表現することはできない。でもそれが可能になったら、料理の世界を変えてしまうだろう。   ★セカンドライフの成功は、想像力に富んだ仲間同士で交流できることで高まったが、社会の熱がモバイルに移行すると、スマートフォンではセカンドライフの洗練された3D世界を処理できず、多くのユーザーが他に移ってしまった。マインクラフトにはさらに多くの人が流れていった──高解像度ではないためスマートフォンでも使えたからだ。しかしセカンドライフに忠実なユーザーはいまだに何百万人もいて、想像上の3D世界の中を常時約5万のアバターが歩き回っている[255]。そのうちの半分はバーチャル・セックスをするためで[256]、それはリアルさを求めるというより付き合いに重点が置かれたものだ。セカンドライフの創設者フィル・ローズデールは数年前に新しいVRの会社を立ち上げ、オープンな擬似世界が生み出す社会的可能性を利用し、もっと納得できるVRを発明しようとしている。   ★われわれと人工物との間のインタラクションが増えることで、人工物を物体として愛でるようになる。インタラクティブであればあるほど、それは美しく聞こえ、美しく感じられなければならないのだ。長時間使う場合、その工芸的な仕上がりが重要になる。アップルはこうした欲求がインタラクティブな製品に向けられていると気づいた最初の企業だ。アップルウォッチの金の縁取りは感じるためのものだ。結局われわれは、毎日、毎週、何時間もアイパッドをなで回し、その魔法のような表面に指を走らせ、スクリーンに目を凝らすことになる。デバイスの表面のなめらかな感触、流れるような輝き、その温かみや無機質さ、作りの仕上がり、光の温度感などが、われわれにとって大きな意味を持つようになるのだ。   ★安価で潤沢になったVRは、経験の生産工場になるだろう。生身の人間が行くには危険過ぎる環境──戦場、深海、火山といった場所──を訪れることもできる。人間が行くことが難しいお腹の中や彗星の表面といった場所も経験できる。それに、性転換したり、ロブスターになったりもできる。また、ヒマラヤの上空を飛び回るような非常にお金がかかる経験も安価にできる。しかし経験というのは一般的に持続するものではない。われわれが旅行の経験を楽しめるのは、そこを訪れるのが短い期間だからでもある。VRの経験も、少なくとも当初は、ちょっと試してみる程度のものになるだろう。そのプレゼンスはあまりに強烈なので、ほんの少しだけ楽しめればいいとわれわれは思うかもしれない。それでも、われわれがインタラクションを強く求めるものに対しては際限がない。  こうした大規模ビデオゲームは、新しいインタラクションの草分けだ。無限の地平によって提示される完全にインタラクティブな自由は、こうしたゲームが生み出す幻覚だ。プレーヤーや観客は、やり遂げるべき任務を与えられ、最後までたどり着くように動機付けされる。ゲームでのそれぞれの行動が、物語全体の中で次の難関へとプレーヤーを導く仕掛けになっており、そうやってゲームの設定した運命がだんだんと明らかになるのだが、それでもプレーヤー個々の選択は、どんな種類のポイントを獲得していくかという点で意味がある。この世界全体にはある傾向があり、あなたが何度その中を探検したとしても、最後にはある不可避な出来事に行き当たるようになっている。運命付けられた話の展開と、自由意思で行なうインタラクションが正しいバランスになれば、「ゲームで遊んだ」という素晴らしい感覚が得られる──自分がより大きな何かの一部になって前に進んでいるが(ゲームの物語性)、それでもまだ自分が舵を握っている(ゲームのプレー性)という甘美な感覚が生まれるのだ。   ★AIはVRやARの中にも別の形で入り込んでいる。あなたが実際に立っている物理的世界を見てマッピングすることで、あなたを合成された世界に運ぶのに使われるのだ。それにはあなたの物理的な身体の動きのデータも含まれる。AIは例えばオフィスであなたが座ったり立ったり動き回ったりしているのを、特別なトラッキング装置がなくても観察し、それをバーチャル世界に反映することができる。AIは合成された世界の中でのあなたの進む道筋を読んで、まるでちょっとした神のように、ある方向へと導くのに必要な手出しをするのだ。   ★われわれが日中のほとんどの時間を過ごすこのセンサーだらけの現実世界を非バーチャルVRだと考えてみよう。周囲からトラッキングされ、また実際には自分でも定量化された自己をトラッキングしているので、VRと同じインタラクションの手法が使えるのだ。たとえば、VRで使うのと同じジェスチャーで、家電や自動車とコミュニケーションが取れる。インセンティブを作り出すゲーミフィケーションの手法を使えば、実際の生活でも参加者を好ましい方向に誘導することができる。日常生活がすべてトラッキングされているので、正しく歯磨きができたり、1万歩歩いたり、安全運転をしたりするたびにポイントが溜まる。クイズでいちいち良い得点を競わなくても、あなたのレベルは日々上がっていく。ゴミを拾ったり、リサイクルしたりすればポイントが得られる。VRの世界ばかりか、日常生活もゲーム化できるのだ。   ★人間の一生のうちに社会に破壊的変化を起こす最初の技術的プラットフォームがパソコンだった。モバイルがその次のプラットフォームで、これは数十年のうちにすべてを革命的に変えてしまった。次に破壊的変化を起こすプラットフォームがVRで、まさにいま訪れようとしている。それではVRやARにプラグインするすぐ目の前の未来の1日について見てみよう。 ★私はVRの中にいるが、頭には何も被っていない。2016年まで遡ってみて驚くのは、ベーシックで十分なARを体験するのに、ゴーグルやメガネさえ要らないことを予想していた人がほとんどいなかったことだ。部屋の隅の小さな光源から目に直接、3D映像が投影されるため、顔の前には何も着ける必要がない。VRのアプリは何万もあるが、ほとんどの場合これでクオリティーは十分だ。  ごく初期に私が入れたアプリは、ID情報のオーバーレイ・サービスだった。人の顔を認識し、彼らの名前や所属や、私との関係があればそれを表示してくれるものだ。いまではこれに慣れてしまい、外に行くときもこれなしには出かけられない。友人たちは、知らない人の素性でもすぐ分かる非正規IDアプリを使っているが、その場合、相手に失礼にならないように、自分が見ている表示が自分にしか分からないようなギアを着ける必要がある。   ★私は友人から個人として扱われたい。こうした関係を保つには、友人が私のことを十分に理解して個人として付き合ってくれるよう、開放的で透明性を保ち、人生をシェアしなくてはならない。私は会社やお店にも自分を個人として扱ってほしいので、彼らが対個人として振る舞えるよう、開放的で透明性を保ち、情報をシェアしなければならない。政府にも個人として扱ってほしいので、そのために個人情報を開示しなければならない。パーソナライズすることと透明性を保つことには一対一の関係がある。よりパーソナライズするにはより透明性を持たなくてはならない。究極のパーソナライズ(虚栄)には、究極の透明性(プライバシーはない)が必要だ。もし友人や機関に対してプライバシーを保ち不透明な存在でありたいなら、自分という固有の条件は無視され、通り一遍の扱いを受けることを容認しなくてはならない。そうすれば、私は一般人のままだ。 … Continue reading 浪漫に満ち溢れた未来。~〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則 、ケヴィン・ケリー~

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変わろうとするチカラを阻害する慣性の構造。~なぜ人と組織は変われないのか _ ハーバード流 自己変革の理論と実践~ 

  持続的成長を標榜する企業にとって、『絶え間ない変化』というものは、車を走らせる『ガソリン』のような存在であって、変わることを諦めるというのは、チームの存続を諦めるということに同義と思われる。   人の目に触れやすい情報は、ほとんどの場合、成功物語ばかりなので、こんなことを書くと、いやいや失敗物語もあるでしょ、と、突っ込みを頂くのだが、ここで定義させてもらうなら、それは「大」失敗物語であることが多い。そもそも「小さな」失敗に関する逸話なんて、誰も興味がなくて見てくれないし、誰も書きたくないし、表明したくないものだ。   だから、巷にあふれている失敗物語は、すでに、それなりの成功をしている人の失敗エピソードだったり、「借金100億円で自己破産!」とか、「脱サラしてスタートアップしてみたけど、1年で潰れちゃいました!」みたいな、シンボリックなストーリーばかりになる。得てして、世の中の、中小、零細企業が直面している、無数の小さな失敗物語は、あまり日の目を見ないのである。   世の中のニュースにしてもらうほどの活躍はしていないものの、スポットの当て方次第では、非常に面白いドラマチックな会社って案外に沢山あると思う。そんな世の中にあまり出てこないけども、けっこう面白い会社の変革ドラマは、実際のところ、道半ばにして頓挫する、つまり、「変われないチーム」ってやつが、めちゃくちゃ存在しているんじゃないかと。決意新たに、鼻息荒く、「よしゃ!やったるぞ!」と、意気込み、ものの見事に失敗するならまだしも、何とか食べていける程度の稼ぎを手にし、やむにやまれず、目先の仕事に追われ続けているような企業が星の数ほど存在してるだろうと。   何を隠そう、僕達自身が、そんな恥ずかしいパターンにハマってしまっている。なかなか変われないチームの模範事例なのかもしれない。一時、月次10%ほどの成長を十数ヶ月続けた経験を持ち、それなりの成長可能性を秘めた事業、プロダクトを創りあげることに成功したのも束の間、その資金で新規事業に投資するも、芽が出ず、既存事業の成長が鈍化するという大変な時期が続いていた。   当然ながら、指を加えて、立ち止まっていたわけではなく、チームで、変化を誓い、再成長することを目指し、走り始めるのだけど、なかなか、どうして「変われない」。その都度、経営幹部と共に「変わろう!」と決意するものの、大きな変化を創りあげることが出来ずに来た。色々な挑戦をしてきたつもりだけれど、結局のところ、大きな変革を果たしきれていない。どうすれば変われるのだろうか。合意も取れて、決意も十分、しかし、変わり切る道中で、いくつかの試練、障害の前に、頓挫して来た。   そんな折、この書籍のタイトルに惹かれ手にとった。決意しても、変われないのには何らかの理由があるはずだと思い、人や組織が変わるためのヒントとするべく、読み始めた。実際に読んでみて感じたことは、変化を決意し行動し始めても、その行動を阻害する要因、その行動を続ける以上に、強力な裏目標があるとか、もしくは、本人が自覚することのない固定概念があるという構造、フレームを手に入れることが出来たこと。そういう見えないものを見えるようになって、七重八重の段取りを仕掛けていけるようにならないと。 ーーーーーーー なんて書いたのが、数カ月前、ようやく、兆しが見えている。変わろうとすること、変わることが出来ると信じること、そして、気持ちだけではなく、1つ1つ、阻害要因を取り除き、日々前進する。     【抜粋】 ●最近の研究によると、食生活を改めたり、もっと運動したり、喫煙をやめたりしなければ心臓病で死にますよと専門医から警告されたとき、実際にそのように自分を変えることができる人は、七人に一人にすぎないという。たった七人に一人だ! しかし、生活習慣を変えない六人だって、長く生きたいと望んでいる。長く生きて、もっと多く夕陽をながめ、孫の成長を見守りたいはずだ。そう、この人たちは自己変革の重要性を理解していないわけではない。自分を変える背中を押すインセンティブもきわめて強い。どこをどう変えればいいかは、医師から明確に指示されている。それなのに、自分を変えられない人が七人のうち六人、すなわち約八五%もいるのだ。   ● 人は自分の命にかかわる問題でさえ、自分自身が心から望んでいる変革を実行できない。それなのに、人々が失うものと得るものがそこまで大きくないときに、リーダーが変革を推し進めることなど可能なのか? たとえリーダーとメンバーが変革の重要性を強く信じているとしても、それは難しいだろう。  なにが変革をはばみ、なにが変革を可能にするのかを知るために、新しいアプローチが必要なことは明らかだ。  心臓病で死ぬ危険があっても生活習慣を改めない人たちがそうだったように、リーダーと組織のメンバーが変革を成し遂げることを妨げている要因は、基本的に意志の欠如ではない。本当の問題は、自分が本心からやりたいと望んでいることと実際に実行できることの間にある大きな溝だ。この溝を埋めることは、今日の最も重要な学習上の課題である。   ● 世界が複雑になっているように思える原因は、世界の側だけにあるわけではない。自分自身の側にも原因がある。問題の本質は、世界が要求する行動と個人や組織の能力との間にギャップが生まれていることだ。世界が「複雑になりすぎている」と思うとき、人は世界の複雑性に直面しているだけでなく、世界の複雑性と現時点での自分の能力の複雑性(つまり能力のレベル)の不釣り合いにも直面している。論理的に考えて、この不釣り合いを解消する方法は二つに一つだ。一つは、世界の複雑さを緩和すること。もう一つは、自分の能力のレベルを高めることである。しかし、世界の複雑さを緩和することはそもそも不可能だ。その一方で、大人が自分の知性を高めることも不可能だと、長年考えられてきた。   ● 他人の自己変革を支援するとき、その人物について知っておくべき重要な情報が二つある。一つは、相手が本当はなにを望んでいるのか。もう一つは、相手がどういう行動を取っているせいで、その目標が実現できていないのか。   ● 変革がうまくいかないのは、本人がそれを本気で目指していないからではない。心臓を病んでいる人が禁煙の目標を貫けないとしても、その人は「生きたい」と本気で思っていないわけではないだろう。変革を実現できないのは、二つの相反する目標の両方を本気で達成したいからなのだ。人間は、矛盾が服を着て歩いているようなもの。そこに、問題の本当の原因がある。「免疫マップを見ると、私は自動車の運転席に腰掛けて、片足でアクセルを踏み、もう片足でブレーキを踏んでいるようなものですね!」と、ピーターは言った。彼は自分を変えたいと思っているけれど、自分の核となる部分を守りたいという思いもいだいている。   ● マーチン・ルーサー・キング牧師がリーダーとして優れていた点は、公民権運動を白人対黒人の戦い(この図式がアメリカの社会を分断させていた)ではなく、合衆国憲法に代表されるアメリカ建国の理念と現実との戦いとして位置づけ直したことにあったと、リーダーシップ論研究者のロナルド・ハイフェッツは指摘している(5)。そういう戦いであれば、少なくとも潜在的にはすべての国民が一致結束して戦える可能性があるからだ。問題の構図を転換させても、すぐに対立がやわらぐわけではないだろうが、戦いの性格を変えることはできる。人々が敵と味方にわかれて対立し合うのではなく、理想と現実のギャップに、誰もが解決への責任を負うような問題に、みんなで目を向けるよう促せる。世界には、望ましい変革をすべて実現できるほど大勢のカリスマ的リーダーはいないので、カリスマ性のない普通の人が良心的に取り組むことによって、キング牧師のように一つの集団の行動パターンを転換していく必要がある。   ● 誰にでも自分を変えられる可能性はある。ただし、一つ強調しておきたいことがある。そのような変化はひとりでに起きるわけではない、ということだ。自己変革を成し遂げようと思えば、知性を発達させなくてはならない。人が知性を発達させるためには、それにふさわしい学習の環境が必要だ。これまでの学習方法──技術的な課題にしか対応できない場合が多い──によって、適応を要する課題に取り組もうとしても、期待するような結果は得られない。失望し、幻滅する羽目になるだろう。   ●ここで注目すべきなのは、信頼関係の要素だ。信頼関係の欠如は、このチームが抱える最大の問題だったと言っても過言ではないだろう。彼らは、互いの信頼感が希薄なせいで有効なコミュニケーションが取れず、異なる仕事のスタイルを受け入れ合えずにいた。  まずは、人と人の間に信頼関係が生まれる条件とはなにかを理解しておくことが有益だろう。確定的な理論とまではいかなくても、なんらかの仮説をもっておいたほうがいい。私たちはその点に関して、学術的な研究結果をもとに一つの仮説をいだいている。   ● 組織が大きな成果をあげるためにその人物の役割が重要なのだと理解し、その人を尊重すること。その人物が責任を果たせるだけの能力と技量をもっていると信じること。   ● いずれにせよ、自分の矛盾した状態──片足をアクセルに、片足をブレーキに置いた状態──を知った人はたいてい、心の底から自己変革への強い欲求を感じるようになる。「有機体は自己組織化をおこない、人間という有機体は意味を組織化する」と言ったのは、心理学者のウィリアム・ペリーだ。人はえてして、自己組織化における際立った亀裂を目の前に突きつけられると、それを是正しようという意欲がわいてくるものなのだ。   ● 本能レベルの欲求は、適応を要する変化へと人を突き動かす力をもっている。人にやる気とエネルギーを与えるのは、そういう最も深い欲求だ。しかし、そうやって最初の一歩を踏み出すだけでは、変革の旅は続けられない。実際にその旅を続けながら、変革の恩恵を味わい、それを通じてさらなる推進力を得ていく必要がある。その推進力を生み出すのが「頭脳とハート」、そして「手」である。   ● 新しい選択肢を知った人は、新たなエネルギーと希望を感じはじめる。これまでと同じくらい安全で、しかもずっと広い世界で生きられるかもしれないと思えば、その可能性に魅了されて、変革をやり通そうという意欲をいだき続けられる。新しい考え方は新しい感じ方に道を開き、新しい感じ方は新しい考え方を促して、それにお墨つきを与える。免疫システムの中に閉じ込められていたエネルギーが解き放たれる結果、自信が強まり、人生をコントロールできているという感覚が増す。エネルギーが高まれば、行動も変わる。そして、ある種の行動は適応のプロセスをさらに推し進める。次に論じる第三の要素は、そうした行動に関わるもの … Continue reading 変わろうとするチカラを阻害する慣性の構造。~なぜ人と組織は変われないのか _ ハーバード流 自己変革の理論と実践~ 

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文系、理系論争なんかに巻き込まれてる場合じゃない。~最速の仕事術はプログラマーが知っている 、清水 亮~

最近、文系不要論とか、 文系人間は理系から学ぶべきだとか、 世間様が好きそうな二元論争が盛んだ。 そんなトレンドに振り回さず、 逆に抗い、斜に構えることもなく、素直に聴いて欲しい。 あなたがもし非プログラマーとして、 ITに関わる仕事をしていたとしたら、 そしてまた、 もし、 仕事を楽しみたいと思っているなら、 仕事で大成したいと思っているなら、 迷わず読まなければならない書籍の1つとして、薦めたい。 最近、改めて、自分という人間が、 いかに無知であるか、ということを、 嫌というほど突き付けられる機会に恵まれ、 自分の勉強不足を真摯に受け止めることが出来た。 おかげで、 当たり前すぎて学ぼうと思えなかったことや、 軽視してしまいそうなことを学び直している。 今更、「仕事術」なんて、、、 と一笑に付している場合じゃない。 仕事で感動し、その他大勢から抜け出したいのなら、 自らの無知を知り、 自らに必要な知識を貪欲に吸収し続けていきたい。 ””プログラマーは同じことを2回以上繰り返すことを極端に嫌がる。プログラミングの世界にはDRY原則という言葉がある。Don’t Repeat Yourself.  同じことを繰り返すな、という意味だ。プログラマーは同じことを繰り返すのが嫌いだが、コピペは好きだ。コピペしてちょっとだけ変更してプログラムを書いていくのはとてもラクなので、ついついプログラムのなかに似て非なる部分が増えていってしまう。DRY原則はそういうことさえもやるな、という意味だ。一つのプログラムで似たような処理は1か所にまとまっているほうがミスが少なくなる。”” DRY原則なるものがあるそうだが、 プログラマーじゃなくても、効率的に、仕事を仕組み化しようという人間はいるだろう。 しかし、ここでは、大多数のプログラマーが、そういう考え方をしている、 ということを、素直に受け止めてむることが大事だな、ということを忘れちゃいけない。 ””ライブラリ = 自分だけのテンプレート集 。この考えを仕事に応用すると、ライブラリという発想になる。自分の仕事を効率的に進めるために、仕事の上で典型的なことをすべて再利用可能な状態にしておくのだ。例えば、企画書や契約書などは自分で典型的な内容のテンプレートを用意しておく。昔のプログラムを再利用するのと同じように、過去の書類を参照してアッという間にプレゼン資料を作り出せる。 ”” これまた何も真新しい表現でも何でもない。いわゆる「仕組み化」的な仕事術みたいなものに、よくまとめられている。僕の場合は、出来るプログラマーは、この「ライブラリ」という名の自分だけのテンプレート集を持っていると、何度か言われたことを思い出したことと、プログラマーじゃなくても、Professionalとしての「ライブラリ」や「テンプレート」を沢山あつめてよ、と言われたことを思い出した。 その当時、僕は、サービスや運営の責任者、兼、ゲームプランナーを担当していたのだけど、ビジネスディベロップメントのプロとして、誰にも負けない「ライブラリ」を持てるようになっておいてね、と指摘してもらったのだが、そのような習慣を続けられていなかったな、と反省した。 【抜粋】 ●シンプルこそ命  プログラミングの鉄則の一つにKISS原則というものがある。  KISSとは「Keep It Simple, Stupid!」の頭文字をとったもので、「シンプルにしておけ、この間抜け!」ということだ(誰が言い始めたのかはいまいちはっきりしないが、ゴロのよさとフレーズの刺激がプログラマーの感性にフィットしたのだろう)。  基本的にプログラマーは人間の頭脳を信用しない。  それは人間の頭脳や思考能力には致命的な限界があることを誰よりも熟知しているからだ。 ● 筆者が企画を作るときに心がけているのは、「今必要なのはどれ?」ということ。  そのソフトはなぜ必要とされるのか、どの機能だけがほんとうに必要なのか、コアの機能を作りこめば、それだけで勝負できるのか、できないのか。  よく言っているのは「ユーザが自分一人でも楽しい企画」ということ。一人で楽しくないものは二人で使えない。 ● プログラマーは手抜きの天才でなくてはならない。  泥臭い仕事を瞬時に片付けるためには、まず手抜きができなければならないのだ。 … Continue reading 文系、理系論争なんかに巻き込まれてる場合じゃない。~最速の仕事術はプログラマーが知っている 、清水 亮~

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僕達が生きている間に想像を超える世界が訪れる。~シンギュラリティは近い_人類が生命を超越するとき 、レイ・カーツワイル~

    人間の知能を超えるAIが登場するのは時間の問題。 AIが人間を攻撃しないなんて誰も保証してくれない。 人類はAIによって滅ぼされる。 あなたは、このような表現を聴いて、 どのようなに感じるだろうか。   2016年上半期時点での、 日本人のマジョリティにとっては、 このような表現は、 「大げさだなぁ」程度に受け取られるのではないだろうか。 逆に、ある程度、 現代の未来予測やテクノロジーの発展に詳しい人達にとって見れば、 このような表現は、 「まだそんな話をしてるの?」程度に受け取られているだろう。   知る人ぞ知る「シンギュラリティ」を世界に広めたレイ・カーツワイル氏の書籍を読み、 いやはや、奥深い考察に、僕はハマってしまった。 少々大げさなところもあるかもしれない。 誰かにとっては、途方も無く、くだらない未来予測かもしれないが、 僕にとっては、人生の貴重な命を削ってでも、学び続けたい分野となってしまった。   SF的な世界は、 あくまで映画の中の世界であり、 あくまで小説、フィクションの世界だった。 しかし、学べば学ぶほど、 虚構で出来た世界じゃない、 絵空事、他人事じゃない、 そう心の底から思うようになってしまった。 客観的に見れば、 このような現時点から見る世界観、常識論みたいなものに照らし合わせれば、 なんとも変態的で、なんとも突拍子もない発想でしかない。 それでも、取り憑かれたように、 今、自分の身の回りにある汎ゆる事象が、 未来に繋がり始めている。   何年何月に、訪れるかも分からない未来に、 僕は、オーガズムを感じている。 AI志向のシンギュラリティも、 人間志向のシンギュラリティも、 いずれにせよ、自分たちが生きている時代の中で、 何らかの予測しようのない未来が待っていることは、 人生を官能的なものにし得るのではないかと思っている。 レイ・カーツワイル氏は、 あまりにも楽観的ではあるかもしれない。 でも、彼は、もしかすると、 意図的に、楽観的に演じているだけかもしれない。   いずれにせよ、 僕たちは、未来に悲観的になり過ぎても、 得られるものが少ないではないか、ということに気付くべきなんだと思う。 楽観的であり過ぎることを否定しているわけではない、 逆に、悲観的であり過ぎることが正しいとも言っていない。 楽観的すぎても、悲観的すぎても、 … Continue reading 僕達が生きている間に想像を超える世界が訪れる。~シンギュラリティは近い_人類が生命を超越するとき 、レイ・カーツワイル~

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そう遠くない未来を予測するために。~限界費用ゼロ社会 <モノのインターネット>と共有型経済の台頭 ~

  数多の未来予測的書籍の中でも、ここまで包括的、統合的に、確固たるコンセプトを持って道標を提示してくれた本に出会ったことがありませんでした。 IoTにより限界費用ゼロの社会が到来した時、どのような社会になっていくのかを想像するのに最適な一冊。 すぐに実現する未来ではないかもしれないけど、僕達が生きているうちに、このような方向に世の中が向かっているのは確かだろうなあ、と参考になりました。 僕達は、諸説ある数十万年人類史の中でも、類まれに見る速度で指数関数的変化を体験できる世代であることは間違いなく、その変化が誰かにとっては幸福であり、誰かにとっては幸福ではない、というような局所的議論に終始するのではなく、人類という主語で、この大変化を俯瞰してみると、見えないものが見えてくると思います。 例えば、最近は、AIが、ロボットが、人間の仕事を奪うという表現が散見されますが、そもそも、人生の大半の時間を労働に費やすことなく、最低限の衣食住が保障される時代が来るとすると、未来の人間は、過去の人間(つまり僕達)の生活を振り返って、「ああ、昔は、大変だったんだなあ」と考えるのではないか?と。   ””今から半世紀後、私たちの孫は、私たちがかつての奴隷制や農奴制をまったく信じられない思いで振り返るのと同じように、市場経済における大量雇用の時代を顧みることだろう。生活の大半が協働型コモンズで営まれるという高度に自動化された世界に生きる私たちの子孫にしてみれば、人間の価値はほぼ絶対的に当人の財やサービスの生産高と物質的な豊かさで決まるという考え方そのものが、原始的に、いや、野蛮にさえ思え、人間の価値をひどく減じるものとしてしか捉えようがないはずだ。””   パラダイムの変化は、突如として完全に変わるのではなく、じょじょに、その兆候が現れ、現代的なものと、未来的なものの狭間、キャズムに突き落とされ、生活が貧窮し、悲劇的な想いに打ちひしがれるような人達が、一定数存在することを、黙殺されるような社会はあまり好ましくないでしょう。 事が起きてから、対処するのでは遅いので、社会や国家、企業が時代の潮流を掴み、事前にスケープゴートを用意することが出来れば、きっと悲しみに暮れる人達の数を少しは減らせるのではないでしょうか。 他方、過去の歴史や、今、この時流を冷静に鑑みれば、数十年の間に、国家や共同体ごとの闘争がなくなるとは考えづらいし、資本主義的な構造が消滅するとは思えず、本書で提示している協働型コモンズのようなものが台頭するにせよ、それらが国家や超多国籍企業というの支配に抗うだけのパワーを持ちえるまでには、相当な時間を要するのではないか、とも懐疑的にならざるをえない。 確かに、今だけを切り取って見れば、一般的には綺麗事のように捉えられやすい全人類的視点、地球的視点というようなものが否定されにくい時代を迎えつつあり、限界費用がゼロに近づくにつれ、希少性に根付く過当競争が少しずつ弱体化し、同時に、シェアエコノミー、共有型経済が、人と人の繋がりに価値をもたせ、世界中の様々な人種の交流が激増し、世界がより平和な方向に向かっていると牧歌的に考えることも出来るのですが。 著者が言うには、現世代の大半は、生きているうちに、この潮流の変化を体感することになるだろうと確信していて、だからこそ、未来に悲観的になるよりも、来たる未来に備え、人類がより幸福に生きるために、やれるだけのことをやろうと、背中を押してくれる。 いずれにせよ、未来に悲観的であろうが、楽観的であろうが、様々なビジョンを一人ひとりが別々に持ちあわせ、未来を盛んに議論しうる時代は、非常に楽しい。 各人のパラダイムで物事を捉えながら、それぞれの多様性を認めて、それぞれの価値観によって自分のコミュニティを盛り上げていきたい。       【抜粋】 ● 協働型コモンズは、所得格差を大幅に縮める可能性を提供し、グローバル経済を民主化し、より生態系に優しい形で持続可能な社会を生み出し、すでに私たちの経済生活のあり方を変え始めている。   ● 「これからの年月には、『技術的失業』という言葉を何度となく耳にすることだろう。これは、労働力の新たな使途を発見しうる速さを、労働力の使用を節減する手段の発見が凌駕するために生じる失業を指す」。ただしケインズは、急いでこう言い添える。技術的失業は、短期的には人々を苦しめるものの、「人類が自らの経済の問題を解決していること」を意味するから、長期的には大いなる恩恵である、と。   ● 機械がほぼ無料の財やサービスを潤沢に生み出し、人類を労役や苦難から解放し、そのおかげで人間が金銭上の利益にばかり心を奪われず、「いかに生きるべきか」や従来の枠を超えることの探求にもっと集中できるような未来の到来を待望していた。   ● 私たちが営む経済生活にとってIoTが革新的なテクノロジーとなるのは、それが生物圏の複雑な構成の中へと人類が自らを再統合し、地球上の生態系を危うくすることなく劇的に生産性を上げるのを助けるからだ。循環型経済の中で地球の資源をより少なく、より効率的・生産的に使い、炭素系燃料から再生可能エネルギーへ移行するというのが、今出現しつつある経済パラダイムの決定的特徴だ。   ● IoTの稼働システムの要は、コミュニケーション・インターネットとエネルギー・インターネットと輸送インターネットを、緊密に連携した稼働プラットフォームにまとめることだ。   ● 資本主義市場は私利の追求に基づいており、物質的利益を原動力としているのに対して、ソーシャルコモンズは協働型の利益に動機づけられ、他者と結びついてシェアしたいという深い欲求を原動力としている。前者が財産権や買い手の危険負担、自主性の追求を促す一方、後者はオープンソース〔ソースコード(原型となる設計)の公開、無料または安価な配布、改変・再配布自由の共同利用形態〕のイノベーションや透明性、コミュニティの追求を奨励する。   ● 協働型コモンズはすでに、経済生活に多大な影響を与えている。市場はネットワークに道を譲り始め、モノを所有することは、それにアクセスすることほど重要でなくなり、私利の追求は協働型の利益の魅力によって抑えられ、無一文から大金持ちへという従来の夢は、持続可能な生活の質という新たな夢に取って代わられつつある。   ● 来るべき時代には、新しい世代が協働主義にしだいに共鳴するにつれ、資本主義と社会主義はともに、かつて社会に対して持っていた支配力を失うだろう。若い協働主義者たちは、資本主義と社会主義の原理の双方から長所を採り入れつつも、自由市場と官僚国家に共通の、中央集中化する性質を排除している。   ● 台頭する協働型コモンズにおけるイノベーションと創造性の大衆化からは、金銭的な見返りを得たいという願いよりも、人類の社会的福祉を増進したいという欲求に基づいた、新しい種類のインセンティブが生まれつつある。そして、それが功を奏している。   ● この新しいコミュニケーション/エネルギー/輸送マトリックスは、距離を縮めて時間を速め、何世紀もの間孤立していたさまざまな人を束ねて共同で経済的目的を追求させたばかりか、それによって、他者に対して従来は見られなかったほどまで心を開くことを奨励し、国家や民族にこだわらない考え方の拡がりを促した。何世紀も前から生活を貶めていた偏狭な愛郷心や外国人嫌いは徐々に消え始め、新しい可能性が拓けるという感覚が人間の心を捉えた。   ● 二五年後には、あなたが家を暖め、家電製品を作動させ、職場の機器を動かし、車を走らせ、世界経済を隅々まで駆動させるのに使うエネルギーの大部分も無料に近くなる、と。それは、自宅や仕事場をマイクロ発電所に変え、その場で再生可能エネルギーを採取するシステムを早々と採用した数百万の人にとってはすでに現実だ。   ● 二〇〇七年、さまざまな装置をIoTにつなぐセンサーは一〇〇〇万個あった。二〇一三年、その数は三五億を超えることになったが、さらに感心すべきは、二〇三〇年には一〇〇兆個のセンサーがIoTにつながると予想されていることだ。 … Continue reading そう遠くない未来を予測するために。~限界費用ゼロ社会 <モノのインターネット>と共有型経済の台頭 ~

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未来に希望を持つために~人類10万年史~

  今、最も興味のある領域に対して、非常に明快な1つの方向性を提示してくれた骨太な一冊。     想像を超える速度で進化するテクノロジーは人間を幸福にするのか? 人類の歴史を紐解けば、未来に対して悲観的であることは珍しくない。 例えば、今朝、下記のようなニュースがバズメディアに取り上げられていた。   【引用】笑い飛ばせない……AIロボットが「人類を滅亡させる」と発言     『I will destroy humans !』   ありがちではあるが、非常に現代的で、現代に生きる僕達は、 このようなニュースを見聞きし、臆病にならざるおえない。 しかしながら、結果として、 人類は、そのような悲観的予測を悉く翻してきた。 ところが、悲観主義者をただ無下に扱き下ろすようなことはしない。   筆者は、未来に牧歌的であるべき、 というような無責任な楽観論者ではなく、 数多の課題や問題はあれど、挑戦し続けることを前提に、 未来に対して「あえて」楽観主義であろう!と括る。 生物学や進化、歴史、社会、経済などじつに多様な観点に立って著された本書の説得力は強く、するどい。未来に希望を持ちにくいと悲観的になっている方に、おすすめの一冊。もちろん楽観主義者にも。   【抜粋】   ● テクノロジーにとって交換は、進化にとっての生殖に匹敵する。交換は斬新さを生む。   ● 交易を実現させるのは人間の優しさという良き性質なのか、それとも、利己心という悪しき性質なのか。かつて、「アダム・スミス問題」と呼ばれるドイツの哲学的難問があった。それによれば、アダム・スミスの二冊の著作のあいだには矛盾があるという。スミスは、一冊では、人間は本能的な思いやりと善良さを与えられていると書きながら、もう一冊では、人間はおもに利己心に衝き動かされていると述べているのだ。「人間はどれだけ利己的であると思われていようと、その本性に何らかの道徳基準が備わっているのは明らかであり、そのおかげで私たちは他者の境遇に関心を抱き、また、他者の幸福が自らに欠かせなくなっている。他者の幸福からは、それを目の当たりにするという喜び以外には何一つ引き出せないにせよ」とスミスは『道徳感情論』に書いている。   ● イノベーターの仕事とは「共有」することなのだ。彼らがすることのなかでいちばん重要な行為は共有することで、それがなければ、イノベーションは彼らにも他の人にも何ももたらさない。そしておよそ一八〇〇年からひときわたやすくなり、近年に劇的にたやすくなったものがあるとすれば、それは共有という行為だ。旅行と通信によって情報がより早く、より遠くまで広がるようになった。新聞や技術雑誌、電信によってアイデアは噂話と同じくらい早く広まる。   ● 現代社会の真価は途方もないスケールの「つながり」にある。世界中のアイデアが相手かまわず生殖している。   ● ほとんどすべてのテクノロジーは雑種なのだ。   ● 本書では「人間とほかの動物の違いに取り組む」と宣言し、「人間が自らの生き方をこれほど激しく変え続けられる原因はどこにあるのだろう?」と問い、生物学や進化、歴史、社会、経済などじつに多様な観点に立って著したのが、この『繁栄』だ。   ● 歴史は円ではなく螺旋を描いて繰り返しており、善または悪に振れる底知れぬ能力を備えてはいるものの、その歴史を刻んでいるのは変わらぬ性質を持つ人間だということではないだろうか。さまざまな挫折がこれからも起きるであろうし、各人はみな同じような進化した不変の性質を持っているにもかかわらず、人類はその文化を拡げ、豊かにし続けていくだろう。二一世紀は生きるのにすばらしい時代となる。  あえて楽観主義者でいようではないか。      

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最高にしびれるアントレプレナー、未来を創る男、イーロン・マスク

  2016年現在、 地球上で最も成功しているアントレプレナーの一人、 今後、数十年にわたって、 とてつもない成功を生み出し続けるであろう傑物、 イーロン・マスク。   今更ながら、 噂の書籍に触れ、 皆さんが口々にコメントしていた理由が分かった。 なんというか、 自分って、本当に小さいなあ、ということと、 こんな人間が、この世の中に存在するんだなあ、ということを、 感じざる負えない。 同じ時代に、 同じ地球という星の元、 こんなにも、どデカいことを成し遂げている人間がいるのか、 と、なんとも言えない興奮に包まれ、一気に読み終えた。   もう、悔しいとか、 そういうレベルの話じゃなくて、 自分の身の丈を知った上で、 自分なりの器を信じ、やれるだけのことをやろう、と、 自分らしく、自分だけの人生を、 生きようじゃないか! おもいっきり悔いなく生きようじゃないか! と、改めて武者震いさせて頂いた。 まだ読んでいない、 仕事でロマンを感じたい人にオススメ。     【抜粋】   ● SF作家ダグラス・アダムスの『銀河ヒッチハイク・ガイド』を読んで、あるSF的な言葉に大いに感銘を受けたからだ。マスクが説明する。 「本の中で『本当に難しいのは、何を問えばいいのかを見つけることだ』とアダムスは指摘している。   ● 問いが見つかりさえすれば、答えを出すのは比較的簡単なんだ。そして、質問したいことをしっかりと理解するには、人間の意識の範囲と規模を広げることが大切だという結論に達した。   ● 「唯一、人生において意味のあることといえば、啓蒙による人類全体の底上げに努力することだ」とマスクは語る。   ● まず自分の目指すものがあって、そのためには何を勉強すべきかというふうに考えるんです。   ● 勉強以外は、キンバルと新聞を読む時間が多かった。会ってみたい人を探すのが目的だった。新聞で面白そうな人を見つけては、いきなり電話して「ランチをご一緒したい」と申し出るのだ。     ● 「私はサムライの心を持っています。失敗で終わるくらいなら切腹します」     ● … Continue reading 最高にしびれるアントレプレナー、未来を創る男、イーロン・マスク

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IT✕福祉が切り拓く新たな可能性を目指して~『福祉を変える経営、小倉 昌男』を読んで。~

  本書著者である、 ヤマト運輸創業者、小倉 昌男さんは、 退任後、ヤマト福祉財団を設立、 福祉業界に大きな貢献を果たした傑物でもある。   「福祉を変える経営」では、 日本の福祉業界、障がい者の労働環境に、 大きな問いを投げ、 障がい者の労働は、 特別な仕事ではなく、 障がいを持つ人達を健常者同様に扱い、 福祉事業者側も、経営者として、商売人として、 市場経済の中で、価値ある活動を行い、 利益を生み出すべきと、語って下さっている。     僕達は、今まで携わってきたIT業界での経験が、 未だ旧態依然とした福祉業界の中で、 どう活かしていけるか、模索している。 直近の状況は、昨年末、 一念発起して、新会社を立ち上げ、 ようやく事業所の開業までこぎつけたところ。   まずは、僕達が掲げる構想や計画について、 利用者さん、および、関係者の方々に、 興味を持ってもらえるよう尽力している。 その過程で、 いろんな経験をなさって来ている方々からの アドバイスに真摯に耳を傾け、 ご指導ご鞭撻を承りながら、 試行錯誤し、改善していきたい。   まだまだ道半ばであるが、 多大なる可能性を感じている。 当然ながら、 僕達の知らない厳しい現実が 待ち受けているであろう、 現時点で僕達が掲げている理想の通りに 進まないこともあるだろう、 しなしながら、 どんな試練をも乗り越え、挑戦し続け、 利用者さんと、 その家族を中心とした関係者の方々の人生が、 よりハッピーになれるよう、 素敵な居場所を育ていきたいと、思っている。         【書籍より抜粋】   ● 「障害者の自立」とは、簡単にいうと、働いて、収入を得て、生活することだ――。私はそう定義してみました。なぜかというと、働かなければ収入が得られない。収入がなければ生活できない。だから自立というのは、まず働くことから始まるわけです。 … Continue reading IT✕福祉が切り拓く新たな可能性を目指して~『福祉を変える経営、小倉 昌男』を読んで。~

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潜在意識を使う習慣を身につけられているか

昨年末くらいだったろうか、Kindleセレクト25から選出。 自分の物の見方を、自分が考えている以上に、抜本的に変える必要があると感じていた時期に、手にとった一冊。 いかに自分の視点、視野、視座が固定されているのか、ということを、自分に言い聞かせて言い聞かせすぎることは無い、という気がして、多読を再開しようしたのも、この時期。 類書は、山ほどあっても、言葉の使い方、活用方法、自分のコンディション次第でも、受け止め方が変わるなあ、と実感。 例えば、スティーブ・ジョブズの有名なこの習慣も、潜在意識をうまく活用していた事例じゃないかな、と思う。 “”17歳のとき、こんな文章を読んだ。『毎日、今日こそが自分の最後の日だと思うようにすれば、いつの日か、自分が正しかったということを確信するだろう』この文章は、強烈な印象を私に与えた。 それ以来33年間、私は毎朝、鏡に向かって『もし今日が自分の最後の日だとすれば、今日しようと思っていることが、本当にしたいことだろうか?』と自問するようにしている。もしその答えが「ノー」だという日が何日も何日も続くようであれば、何かを変える必要があると思うわけだ。”” 【抜粋】 ● 無意識に自分が正しいという前提で、他者と関わり、他人を○×しやすい傾向があるのです。潜在意識にもアプローチできていないため、自分の思い込みに気づかず、経験・体験したことはすべて事実と思ってしまうので、コミュニケーションを取るたびにズレが広がり、人間関係は悪化。自己変化に目が向かないので、悪いことやイヤなことはすべて人のせい、環境のせいにしがち ● 一方で、人間関係をうまくつくれる人は、異なる意見や考え方を楽しめる自由な観点を持っています。人の話を前向きに聴く姿勢があり、「すべては自分次第」と物事を考えることができます。  潜在意識にアプローチして自分の判断基準を自覚できているため、成長スピードも速いのが特徴です。自分が経験・体験して思ったことが必ずしも事実とは限らないことを理解しているので、折に触れて自分の認識と相手の認識をすり合わせ、事実を確認する習慣もできています。 ● 相手の話を聞いているつもりで、じつは思考がいろいろなところに飛んでしまっている。そんな状態を、「考えのお散歩」と呼んでいます。 ● 同じ視点というのは、「相手の立場(観点)」「背後にあるイメージ(判断基準)」「ものの見方(認識)」をちゃんと理解して人と接するということ。 ● 《「法則」:一般に学問・理論と呼ばれるもの》  パターンを発見し、それを実験などを通して証明でき、他者が同じことを試しても再現性があると科学として認められます。  このように、特定の分野で立証された智恵は「法則」と呼ばれるようになります。  ただし、植物学は経済学を扱わず、金融工学が分子生物学を扱わないように、ある特定の分野に対して通用する法則なので「部分的な法則」といいます。たくさんの「やり方」を覚えるより、たった1つの「法則」を学ぶほうが効率的なのです。 ● 4つのステップ(理解→実践→感覚→習得) 《ステージ0 「考えグルグル」》  事実ではなく、自分の思い込みを前提に思考が堂々巡りしている状態。妄想や被害者意識が強くなり、意志疎通が難しいメンタル不全に近い意識状態です 《ステージ1 「観点固定」》  自分の経験・体験に基づいた考え方や価値観だけをベースにコミュニケーションを取っている状態。新社会人は普通この状態からスタートします 《ステージ2 「立場チェンジ」》  相手の背景にある考えや立場、状況などを理解して対話できる状態。自分の判断基準やアイデンティティーの形成過程を自覚して、そこにとらわれなくなると、自分の観点だけに固定されず、相手の立場に立つことができる。  リーダーや管理職など、人の上に立つ仕事をしている方には相手の立場に立つことのできるステージ2の方が多いです 《ステージ3 「マインドフルネス」》  目の前の事象に対して判断を加えず、「いまここ」を認識できている状態。  心に余裕があり、安定しているので、多様な価値観の相手を受け入れることができ、異なる価値観の人とも協力関係を築くことができます。  ほとんどの新社会人は、自分の経験・体験に基づいた考え方や価値観だけをベースにコミュニケーションを取る「観点固定」の状態ですが、成長するためには、その状態に自分がいると気づくことがとても重要です ● 仕事ができる人は、相手の立場に立てる(相手の観点に移動できる)人が多いと感じませんか?  相手の言葉の背景にある階層(感情やイメージ)を観ることのできる視点を持つことは、成功への近道でもあります。  自分の観点(ものの観方)に気がつかないで、勝手な思い込みのうえに思い込みを重ねて思考が堂々巡りを始めると、不安、不信がつのり、恐怖感が強まってきます ● 「マインドーム」とは、「マインド(心)」と「ホーム(家)」を合わせた観術の造語で、人間がそれぞれ持っている「判断基準」を指します ● それぞれの思い込みによって、目の前の事実の一部分だけを切り取り、自分に都合のいいように解釈して、「やっぱり思ったとおりだった!」と自分を納得させる。  これは、言ってしまえば「脳の手抜き」です ● ただし、出会ったばかりの頃に一度相手にレッテルを貼ってしまうと、相手の本来の姿をそのまま100%で見れなくなります。つまり、相手の表面に現れている1%の部分だけを見てコミュニケーションをしてしまうので、99%の潜在意識を深く理解することから遠ざかってしまうのです ● 私は不意に運転手さんから「お昼はどこで食べましたか?」と質問されました。  突然のことに「?」と思っていながらも答えると、さらに「お昼代はいくらぐらいでしたか?」と聞かれたのです。きっと、みなさんも自分がタクシーに乗って、運転手さんからいきなり「お昼に何を食べていくら使ったか」と聞かれたら「なんで?」と思いますよ ● 人間関係をつくっていくには、知って理解する(=「Know」)、実際にやってみる(=「Do」)、一連の流れを体感する(=「Feel」)、最終的に自分のものにする(=「I am」)というプロセスがあります ● 潜在意識を変化させるには、 ▶ステップ1 … Continue reading 潜在意識を使う習慣を身につけられているか

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当たり前の再定義。『ガーバー流 社長が会社にいなくても回る「仕組み」経営 (中経出版)』を読んで。

「仕組み」を創った方が良いなんて、誰だって分かってる。 すでに十分、仕組みを作っているよ。マニュアル創りは、お手の物だ。 そんな風に考えているビジネスマン、経営者は、世の中に山ほどいるだろう。 僕も、ある程度のことは、 それなりに、やってきた「つもり」だった。 しかし、自分が考えていた「仕組み」は、 十分なものでないと、改めて思い知ることになった。 もしかすると、ある程度のレベルの会社を経営している方々にとっては、 この書籍に書かれているような「仕組み」を創ることは、当たり前のことなのかもしれない。 そういう、誰かにとっては、もしかしたら、当たり前かもしれないことを、 僕自身は、僕の周囲の人達は、気付けていないだけなのかもしれない、という風に考えるようになった。 どんな書籍を読んでも、 どんな先輩経営者の話を聴いても、 鵜呑みにするには、 結局のところ、前提条件が違い過ぎて、参考にならない、 そんな風に考えることも多かったし、 実際に、社内で、何かを動かそうとした時、 一筋縄に行かないために、なんとなく推進し切れずに、済ませてしまうことが多かった気がする。 しかし、今年は違う。 過去の自分たちを全否定し、 改めて、自分たち「らしさ」を追求していこうと考えている。 自分たち「らしさ」を再定義すること、 つまりは、自分たちの「強み」を再定義し、それを強化していくということ。 日々是新、とは言うけれど、 今年こそ、圧倒的に学び続け、実践し続け、 着実に、確実に成長し続けていきたいと思う。 【抜粋】 ● ほとんどの中小企業が失敗に終わってしまう理由は、この3つの人格のバランスが取れていない経営者があまりに多いからだ。ガーバーは、9割方の経営者は「起業家」の人格を持っておらず、「職人」のままに留まっていると看破している。 ● 「人材志向」から「仕組み志向」に考えを転換することだ──そうガーバーは言う。  人材志向とは人中心で考えること。 「この仕事はAさんにはできるけど、Bさんにはできない」という考え方である。  一方、仕組み志向とは人に依存せずに、誰がやっても同じ結果が出るような仕組みをつくる考え方だ。AさんにもBさんにもできる状態をつくるわけである。 ● 「人」に依存しないで「仕組み」に依存する。 ● 冷静に考えてみてほしい。 「3人の店長に裏切られた」といえば、たしかにそうなのかもしれないが、彼らはそれぞれの店舗で身につけた自信と実績をベースに、「独立」という至極まっとうな選択をしただけだ。  ここで問題だったのは、3人の店長の忠誠心をしっかりと握っておかなかったことではない。  むしろ、太田社長が「経営者のやるべき仕事」をしていなかったのである。  3人の従業員が退職しただけで、ビジネスが立ち行かなくなるということは、やはり根本的に何かが間違っているのである。 ● 「人」に仕事をつけるな、「仕事」に人をつけろ。 ● 「仕組み志向」の会社は、「正しく仕事が行われているかどうか」に注意を払う。つまり、仕事の「やり方」のほうに焦点が当てられており、それを「誰がやっているか」は重視しない。  その仕事が「優れた方法」で進められているかどうか、その仕組みに依存して組織が回っている状況であるかを見ているのだ。 ● あなたのビジネスに欠けているものを探せ(What’s missing piece in this picture?)欠けているものとは、もう少しわかりやすくいうと「一点突破」のことだ。お客様の不満を一点だけ突くのだ。 ● … Continue reading 当たり前の再定義。『ガーバー流 社長が会社にいなくても回る「仕組み」経営 (中経出版)』を読んで。

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実現したいこと、ワクワクすること、理想、仮説が世界を創る。

      本書を読んでいてU理論や全脳思考を思い出しました。出来そうなことを思い描くのではなく、おもいっきりワクワク出来るイメージ(理想)を描き、逆算して、創造するということ。   俗にいう、アントレプレナーにとってのビジョンみたいなものとも近い感覚ですが、本書では、そのような理想、ビジョン、実現したいことを「仮説」と呼び、その「仮説」が世界を創って来たし、これからも創っていくのだ、ということを主題に、佐渡島さんの哲学、思想、スタンス、仕事術などを交えて、語られています。   今の僕にとって、非常に共感できる箇所が多く、なんとなく思い描いていたことを、分かりやすく言語化してもらい、喉のつかえが取れたような気がしました。 そして、これからの取組みの中で、どうしても大切にしていきたいこと、すでにフォーカスしてきたつもりですが、より一層、強化していきたいことに、『カスタマーとの親近感を創ること』というものがありました。     ””なぜ人は「練り込まれたプロの文章」よりも「友だちのくだらない投稿」のほうがおもしろいと思うのか? そのことを数ヵ月間くらい考えていたわけですが、ある日ふと「人って『おふくろの味はやっぱり美味しい』なんてことを言うな」と思いました。なぜ、おふくろの味は美味しいのか? これは身近な人のSNSの投稿と同じ理由なのではないか?つまり「美味しさ」というものは絶対値があるわけではなくて、「関係性」の中で決まるのではないか。同じように作品の「おもしろさ」というものも絶対値ではなく、関係性の中で決まるのではないか、という結論に至りました。ぜんぜん知らないプロの文章よりも「おもしろい」と感じるのです。 おもしろさというのは〈親近感×質の絶対値〉の「面積」だったのです。人によって感動の度合いは異なる これからのコンテンツビジネスは、「いかに親近感を持ってもらうか」が課題になってきます。どれだけファンと接点を持つかが大切になってくるのです。””     すでに先進的なC向けネットサービス事業者の中には、このような戦略(顧客との間に親近感を創る)を確立させ、リソースをしっかり張っている方々もおられるのですが、僕達もまた、今まで培ってきたネット上の顧客サービス(生身感みたいなもの)を、より一層、強化していこうと、年末に誓ったばかりでしたが、改めて、決意新たに、集中していきたいと思います。     【抜粋】   ● 孤独を解消するには、「好きなことを話し合える相手がいる」ということが、少なくともぼくにとっては重要でした。ぼくは、作家と出会って、感情をシェアすることで孤独を解消できたのです。   ● ドイツの詩人シラーは、「友情は喜びを2倍にし、悲しみを半分にする」と言っていますが、この言葉は永遠の真理です。語り合う仲間がいると、おもしろさは2倍、3倍になっていくのです。   ● 物理的な距離を縮め、効率的にするITサービスは、どんどん開発されている。その一方で、心的な距離を縮めてくれるサービスはまだほとんどないのではないでしょうか。よって、感情をシェアすることもできず、心は満たされません。   ● 「ITを使って心的距離を縮め、感情をシェアするサービスを生み出すことで、同じ嗜好を持った人びとが集まるコミュニティが生まれるだろう。そうすれば、作家は、誰にも読まれないのではないかと怯えることなく、作品を作れるようになるはずだ」     ● 「自分が言ったアイデアについて、まわりの人間が全員『それはないでしょう』と反対したときこそ『このアイデアの素晴らしさに気付いているのは世界で自分だけだ!』と逆に興奮する」と。それを聞いてぼくも深くうなずきましたが、他の経営者も何人かが「自分も同じだ!」と賛成していました。   ● なにごとも「定義する」訓練を積むことで、自分なりの仮説を生むことができるようになるのです。   ● ぼくの世界の見方はシンプルです。 まずは変わらないもの(本質)を見つけること。そして、日々起きる変化の中で、何が大局の変化で、どれが一時的な文化や習慣にすぎないのかを「宇宙人視点」で見つけることです。長期的な変化が何なのか。それを予測し仮説を立てることです。   ● 人々の物欲が減る中で、どうすると心が満たせるのか? ぼくは「共感」がキーワードだと考えます。「背景にあるストーリーに共感するからモノが欲しい」という時代になってきた。   ● アナログが温かくて、デジタルが冷たいと考えがちですが、実際はその逆だったのです。デジタルの中で、人間的な付き合いが生まれるようになってきていて、その関係性がすごくおもしろい。そう感じているところです。   ● 自分というものは、他人によって引き出される存在です。だから「本当の自分」というものは存在せず、「子どもと接しているときの自分」も「かしこまっているときの自分」も、すべてが「自分」なんだという考え方が、「分人主義」です。   … Continue reading 実現したいこと、ワクワクすること、理想、仮説が世界を創る。

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本音でぶつかることで新たな視座を手に入れる。

堀江さんの考え方やスタンスには、賛否両論あり、そもそも、凡庸な人間が、堀江さんと同じように振る舞ったところで、やっぱり傍若無人と捉えられるだろう。穿った見方をすれば、堀江さんのような努力、才能ある人間だからこそ、許される、許容されるようなことも多い。 しかし、そんなこと言っていたら、変わらないよ、というのが本書。 堀江さん自身のアイデアというより、世の中に、そういう輩が多く、つまり、本音で生きたいのに生きられていない人が多いので、このような本を書いたら、きっとヒットしますよ!みたいな提案があって生まれたであろう書籍。 確かに、この手の本を手に取っている時点で、自分の軸が定まっていない半人前っていうレッテルが張られても仕方がない節がある。分かっちゃいるけど、なかなか行動に移せない、そんな人達のための啓発本。 そして、何より笑ってしまうのが、本書の書き出し部分で、本人から、こんな本音が、御丁寧に付け加えられている点。 “”【堀江貴文の本音】 でもやっぱり、「本音を言えない」「やりたいことができない」と考えている人って「キモッ」って思うところもある。言いたいことは言えばいいし、やりたかったらやればいい。本当にやりたかったり切羽詰まっていたりしたら、もう動いているはずなので、こんな本を読んでいる場合ではないだろう。この本は言葉が過ぎているところもあるし、余計なお世話と思われるかもしれない。まあ、パッと読んで、気づいて、この本は捨ててしまう、くらいが、やっぱり一番いいと思う。”” 肝に銘じたい。   【抜粋】 ● どんな時も「相手に尽くす」ことが重要だと思っているが、それは「馴れ合い」とは違う。馴れ合うために与えるのではなく、目的を持った者同士が目的を達成するために与え合うのだ。 ● 「お互いの価値観が異なっていることがわかる」というのは、とても大事なことだ。なんとなくわかったふりをして終わるのと、たとえ自分の価値観と違っていても、しっかり相手の意見を聞くのとでは、どちらが「相手のことを知る」ことになるだろうか。 ● 対談だけでなく、ソーシャルメディアでも積極的に人とぶつかり合おうとしている。それは、その人が嫌いだからだとか、人格を否定するためではない。違う意見を持った者同士がぶつかることで、新しい発見があるからだ。 ● お金は、信用という複雑な存在を、単純な数値に落とし込んだツールである。信用の一側面ではあるものの、信用そのものではない。何度も言うが、大事なのは信用であって、お金ではないのだ。 ● だから、まず貯めるべきはお金ではなく、信用ということになる。人から何か頼まれたら、期待に応えるように尽くす。金欠の知り合いに、飯をおごる。そうした行為の積み重ねが信用を築いていく(しかも、そもそも起業に関する金銭的ハードルは、今では大分下がっている!)。 ● プライドをなくそうとすると、慣性がついて、どんどんプライドがなくなる方向に進む。  一方で、プライドの高さに慣性がついて、どんどん、どんどん高くなる人もいる。そうして、すごく気難しいおじいさんや、おばあさんになっていく。 ● 人間なんて誰でも一緒。ちっちゃいプライドで、身動きがとれなくなってしまう。本当に「あなたのことなんて、誰も見ていない」のだから、気にせず、言いたいことを言って、やりたいことをやればいい。  プライドを低くすれば、すべてうまくいくのだ。 ● 飛びついた結果がどうなるのかなどわからないが、確実にいえることがある。ノリのよい奴には、あちこちから声がかかるようになり、加速度的にいろんな経験ができるようになっていくのだ。 ● 情報をインプットし、アウトプットし、「考えること」を繰り返す。ボーッとするのではなく、自分の時間を思考で埋めていくと、ある瞬間に解決策やアイデアがふっと浮かぶようになる。自分の脳を情報と思考で埋めれば、どうでもいいことで悩んでいる暇などなくなってしまうはずだ。 ● 僕は人間関係についても新陳代謝を強く心がけている。  毎月新しい知り合いを一人作ろうとか、年齢も性別もバックグラウンドも違う人と仲良くしようとか。  僕もそうだが、たいていの人は、ついつい同じ人とつるんでしまう。安定した人間関係を築いて、その関係をずっと続けていこうとする。 ● 今までとはまったく違うタイプの知り合いを毎月一人でも作るようにすればいい。今まで会ったことのない人と知り合いになれば、そこにまた新しい何かが生まれる。 ● 新しい出会いの場には必ず行くと「決めて」いる。決めたんだから、行く。これは新しいことをする時に共通するが、決めれば「やる」ものだ。  面倒くさいという気持ちが起こったとしてもそんなものは無視すればいい。場所に出向いて、自己紹介をして……というプロセスを進めていくうちに、いつの間にか面倒くさいという気持ちも忘れてしまっている。 ● 僕は昔から、与えられた以上の価値を必ず相手に与えるようにしている。仕事でいえば、無茶に思える依頼であっても、知恵を絞って取り組み、相手の期待以上のものを仕上げてきた。

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自分らしく生きていく。シンプルリスト。

  年始と言えば、あれこれ、抱負を考える絶好の機会。2015年は、変化のための礎を築いた1年でした。そして、今年、鼻息荒く、どんな一年にしてやろうか、と思いを巡らせていた三が日。 けっこうな数の書物に触れたのですが、まず第一弾はこちら。     決意したのにやらないこと、やり続けることが出来ないことって、本当に多い。 実際、このやろうとしていて、やり続けられていないことがいかに多いか、気付けるかどうか、ということも簡単ではないのかもしれませんが、気付いた後に、自分の行動を修正できるか、というと、もうほとんどの人、全人類の80%以上は、行動を変えられないんじゃないだろうかと思うんですね。 そんな中、幸運にも、いかに習慣化させるか、ということを、けっこうな歳月をかけて、研究してきて、2015年は、ようやく、習慣化能力に花が咲いた一年だったな、という実感があります。 そんなわけで、2016年は、本当に、自分が実現したいことに集中して、とことん続けられるよう、やり抜けるよう、それらをシンプルなリストにまとめ、繰り返し思い返していこうかと思ってます。 自分らしく、自分が信じた道を開拓していく。使い古されたような表現ですが、王道なしだな、と。今年こそ、飛躍の年と信じ、コツコツ、とことん、道なき道を切り開いていきたい。   【抜粋】 ● 自分が好きではないものを知ることは、自分を知ることでもあるのです。 ● 人は年を重ねるにつれ、自分の理想をかたちにしていけるようになりますが、同時に、自分の時間は限りあるものだと自覚させられます。そうすると、したくないことを明確にすることが、いかに大切かおわかりになるでしょう。 ● 幸福という観点から考えると、したくないことをしないというのは、好きなことをするというのと同じくらい大切で、したくないことをいくらかでもとり除くことで、今以上の幸福へとつながるのです。 ● 人はみな、価値観や信念にしたがって行動することで、人生により深い意味を与えることができます。ですから、自らの価値観をはっきりさせることがなにより重要なのです。 ● 確かに、価値観が明確になると、迷ったり後悔したりすることで無駄なエネルギーを使うことがなく、自然と元気がわいてきます。  多くの人が自分の好みをわかっていないということは、暮らしのなかにものがあふれていることからもわかります。 ● 自分がなにを目指し、なにを望んでいるのかが明確になると、人生は今よりはるかにわかりやすく、幸せなものとなるのです。 ● 物質的にも精神的にも不要なものを、いつまでも手放せないのはなぜなのでしょうか? 私たちはそのせいで、本当に大切なものを見落としたり、十分に使いこなせなかったりしているのです。  ひとつだけあればいいもののリストを作ることで、それが本当に必要なものなのか常に意識することができます。快適さやゆたかさというイメージに、変化が起きることでしょう。 ● かけがえのない瞬間  瞬間の積み重ねが永遠の「時」を作っています。そしてその瞬間の「質」は、私たちが一瞬一瞬にどれだけ多くの意識を向けることができるかで決まります。  そのためには、常に自分の心を開いておき、いろいろな刺激を観察し、理解し、感動できるようにするのです。かつて、偉大な哲学者アリストテレスは、「注意深く観察をする能力が発達すればするほど、幸せになる能力が発達する」と述べています。 ● 小さな幸せの瞬間を集めたリストは、じつは幸せな人生そのものです。本当の幸せとは、他人に自慢するものでもなければ、他人の期待するイメージに添うことでもありません。それは日々の暮らしのなかにあるのです。 ● 自分が味わったものを描写する語彙が豊富になればなるほど、味の微妙なニュアンスを意識できるようになります。シャンパンはラズベリーの味がすることを覚えてはじめて、あらゆる芳香や風味の本当のよさがわかります。自分がこれまでいかに鈍感だったかに驚くことでしょう。 ● 五感から得るものをゆたかに描写することで、知性が刺激され、好奇心が旺盛になります。自分の世界が広がり、新しい楽しみの一つひとつが、新しい経験の一つひとつにつながっていくのです。 ・舌の上で弾けるイクラ ・ウーロン茶を飲んだあと口のなかに残る苦味 ・採れたてのキュウリ ・チャツネ(マンゴーなどの果物を香辛料、砂糖、酢などと煮た甘ずっぱいインドの保存食)の舌触り ・少量のチェダーチーズと合わせるレタスの葉のみずみずしさ ・熱々のトーストに載せたよく冷えたフォアグラ ・新鮮なウニのお寿司 ● ハーモニーを奏でる組み合わせを見つけ、三重奏にしてみましょう。  私にとっての「楽しみの三重奏」はこのようなものです。 ・マッサージ、お香、心地よい音楽 ・コーヒー、ミントチョコレート、タバコ ・ひじ掛け椅子、フロアスタンド、うずたかく積まれた本 ・山へのピクニックで、ヤギのチーズ、ブラウンブレッド、ほんの少しのブランデー 組み合わせを考えるだけで、充足感が広がってきます。 ● 読書ノートをつけると、気になったアイデアを自分のものにすることができます。読み終わった本をただ本棚に戻すよりもはるかに深く、自分のなかに残ります。 … Continue reading 自分らしく生きていく。シンプルリスト。

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本を読む人が手にすることが出来るかもしれないもの。

    僕のお年ごろで、僕のような読書習慣を持っている人間が、今更感満載であるが、時折、この手の書籍を手にとってしまう自分がいる。 読書することの意味、意義みたいなものを語ってくれている本書は、タイトルの通り、本を読む人が手に入れることが出来るであろうことを語ってくれている。 藤原和博さんは、校長先生という職業の経験者であることもあって、教育者としての強いメッセージを感じる。 さて、僕の場合は、単純に、読書が好きであるわけだから、まさか、今更、読書習慣があるから、成功できるとか、そんな迷信めいた物事に囚われているわけではない。 しかしながら、自分が理想としていた人生とは、すでに大きくかけ離れていることもあり、自分の習慣や、自分の生き方を正当化するような本を意図的に手に取っているのかもしれない。 このように振り返ると、なんだか、自分というものが、本当に小さく見えてくるのだけど、直感というか、本能みたいなもので、本を選ぶようにしているので、むしろ、読み終えた後に、このように考えてみて、自分というものが、どういう人間なのか、どういう状態にあるのか、客観的に見えてくるものがある。   【抜粋】 ● 20世紀型の成長社会が象徴する「みんな一緒」という時代から、21世紀型の成熟社会が象徴する「それぞれ一人一人」という時代に変わった。 ● 20世紀型の成長社会における典型的な日本人としての幸福論だった。こうした「共同幻想」を、みんなが一緒になって追い求めていた時、国家と企業にはそうした幸福論を保証する能力がないことがバレてしまった。それぞれ一人一人が自分自身の幸福論を編集し、自分オリジナルの幸福論を持たなければならない時代に突入したのである。 ● 「それぞれ一人一人」の幸福をつかむための軸となる教養は、自分で獲得しなければならない。そのためには、読書が欠かせないというところに行き着く。 ● 「人生のとらえ方」とは、いわば人生の幸福の実現のためにどういうテーマを持ち、どういうベクトルに向かって進んでいくかということ。 ● 幸福という定義を自分で決め、現在の自分がどの地点にいて、どちらの方角を目指し、どこまで達成すればいいのかということまで、すべて自分で決めていかねばならない。 だれも助けてはくれない。これは、じつに恐ろしいこと。 ● 宗教が機能している社会では、宗教が物語をつくり、幸福とは何かを教える。でも、日本のように宗教が機能不全の国家では、自分で自分の宗教、あるいは、その代替物としての幸福論を持たなければならない。だが、携帯メールはその場限りのつながりを与えてくれるだけで、幸福論の代わりにはならない。 ● 共同幻想を追いかける「みんな一緒」の習慣に抗うには、よほどの覚悟がいる。 ● 「ネットだとキーワードで調べたものしかヒットしないという面があるのに比べて、本は検索では結びつかないようなものも拾ってこられる。 ● 読書を通じて知識のインプットを蓄積していかないと、自分の意見というものが出てこないという事実。 ● ネットだけだと、どうしても掘り方が浅くなる。もうちょっと深い情報を得たいと思ったら、本なりその他もろもろの手段がありますから、それを通してより深い情報を得ることが必要なステージに必ずいくんです。 ● まず「パチンコをするか、しないか」という点が第一段階だ。 もちろん、暇な時間を持て余していた学生時代に少々手を出していた程度であれば問題ない。しかし、社会人になっても日常的にやっているようでは、ギャンブル依存症か、その予備軍と見られてもしかたがないだろう。金銭的にもコミュニケーションレベルとしても、悪影響を及ぼすと見て間違いない。 パチンコをする人と、しない人の決定的な違いは、時間をマネジメントする発想があるかないかである。パチンコは非生産的な行為だ。平気で非生産的な行為に時間を浪費する人に、時間に対するマネジメント能力があるとは思えない。 ● 16時間×365日で5840時間になる。たまに頑張って夜更かししたり、睡眠時間がもっと短かかったりする人もいるので、おおむね6000時間としよう。 ● 30歳前後の人が健康で長生きすると仮定した場合、残りの人生はおよそ50年あると考えられる。50年に、1年の生活時間の6000時間を掛けると、その人の残りの生活時間は30万時間になる。 その限られた30万時間の間に、どのようなインプットをして、どのようなアウトプットをしていくのか。人生を生きるとは、つまりそういうことである。 ● 本を読むという行為は、決して情報を得たいというためにやることではなくて、むしろ自分のなかからどのくらい引き出せるかという営みなのです。 ● 私たちが日常生活のなかで受け取る情報量の7割以上は、視覚からの情報だという研究結果がある。テレビが視覚に訴えて現実に近いものを見せてあげれば、視聴者はクールに納得しやすいということである。 ● 読書は、受動的にインプットするラジオとは異なり、能動的に情報を取りにいかなければならない。「アクティブ・ラーニング(主体的な学習)」に適したメディアなのだ。 ● 想像力を磨くためには、読書が必要だということ。テレビの構成作家や演出家がこぞって読書家であることがそれを証明している。 ● 自分のやりたいことを実現させるうえで大切な、読書によって身につく力がある。それは「集中力」と「バランス感覚」。 ● バランス感覚とは、自分と地面(地球)、自分と家族、自分と他者など、世の中全体と自分との適切な距離感を保つことができる能力のことである。 ● 両極端の視点を獲得するには、本を読み比べることが肝要。 ● … Continue reading 本を読む人が手にすることが出来るかもしれないもの。

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成果をあげるための習慣「正しい疑問を持つこと」

    会社が、事業が、どんなに厳しい状況にあっても、 周りに悟られるような態度を取らないと、決心している。 だからこそ、普段から、背筋を伸ばし、 あまりにネガティブな思考に囚われ過ぎぬよう、 過剰に気をつけている。 しかし、だからこそ、その姿勢を保とうとする慣性が、 強く働き過ぎている時があるのではないか?と、疑い深くなることがある。 僕は、そのような「疑問」を持つこと、持ち続けることは、 成果にコミットしようとする、プロ意識を持つ者として、 当然のものであると考えていた。 ただ、その疑問が必ずしも正しいものではない、 ということも同時に意識しなければならないと思う。 様々な意見を鵜呑みにし過ぎてもいけないし、 様々な状況に右往左往し過ぎてもいけない。 他方で、 様々な意見を素直に受け入れるべき時もあるし、 様々な状況に順応し改善、改良するべき時もある。 これらの「バランス」を取ることは、 思いの外、容易ではなく、数多の経験を要するものではないかと考えている。 僕は、この本に出会って、 経験しなければ身につけることが出来ないかもしれない原則(経験則)のようなものを、 なんとなく、今の自分の心の中に、深く深く、噛みしめて受け入れることが出来た。 本は、読むタイミングによって、 本当に様々な表情を見せてくれる。 人との出会いも同じかもしれない。 いや、目の前で起こる、あらゆる物事は、所詮、自分次第で、どのようにでも解釈できるものだろう。 なにはともあれ、 類似形態の書籍と比べても、 非常にシンプルで本質的なことを分かりやすく伝えてくれる内容であった。 感謝。 【抜粋】 ● 卓越したリーダーシップを発揮するのに、 すべての問いの答えを知っている必要はない。 むしろ決め手となるのは、 重要な問題に向き合う勇気を持つこと ● 自信を失って先が見通せない時期にどう対処するかで、潜在能力を発揮できるか否かが決まります。重要なのは、苦しい時期を避けることではありません。苦しい時期に物事を客観視し、分析し、立て直して前進するには、どうすればいいかを知っていることなのです。 ● リーダーにとっては、闘いの九〇%は一歩離れて状況を把握し、時間をかけて本質に関わることに疑問を抱くことだ、と。というのも適切な疑問を抱くことで、洞察し、状況を立て直し、状況を前進させることができるから。 ● 押さえるべきポイントは二つあります。「的を射るような疑問を抱くこと」、そして「定期的に物事から一歩距離を置いて疑問を抱く習慣を身につけること」です。 ● 会社の土台となるもの、それがビジョンと優先事項です。明確なビジョンとそれを実現するために優先してやるべきことを定め、それを社内と主な関係者に広く周知しなければなりません。 ● 会社がうまくいかないときは、ビジョンと優先事項が不明瞭だったことに原因があることが多いのです。 ● まずは「この組織のビジョンは何か?」を考えてみてください。あなたは、将来何を成し遂げたいですか? 組織の売りは何ですか? あなたはなぜ貴重な時間をその組織で過ごしたいのですか? ● ビジョンがモチベーションとなって、毎朝、従業員はベッドから起きて会社に向かい、ベストを尽くしてくれるのです。ビジョンとは会社に託すあなたの夢です。時間をかけてビジョンを練り上げることが、抜きんでた会社の土台を築くための第一歩なのです。 ● … Continue reading 成果をあげるための習慣「正しい疑問を持つこと」

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『反応してはならない』という警鐘に、逆に『反応し過ぎないように』

  ここ数年、瞑想的なこと、仏陀的なことに、関心があって、 様々な実験をしてきたし、様々な書籍に触れてきた。 数多の言葉に触れてきたが、本書は、相当に分かりやすく、 非常に実践的なものだな、と感銘を受けた。 僕は、いわゆる資本主義的なものに、ズッポリ浸かりながら、 終わりのないマラソンを走り続けている気分に憂鬱を感じることもあり、 なんともまあ、満足感を持続させることが難しいと考えることが多々あった。 アントレプレナーとして、ベンチャー経営者として、 「成長」「競争」「利益」を追いかけ続けている。 いわゆるビジョナリーな想いをもって、 世界に、社会に、貢献したいというような大義や大志には迷いがない。 しかし、そのようなビジョン、ミッションとは異なる、 自分の精神的支柱のようなものを、しっかりと据えていかなければならない、と、 強く考えてきた中で、本書で表現されるシンプルな言葉たちは、 気持ち良く、僕の血肉と化していった。 自分らしく生きるということは、どのようなことなのか。 『環境や刺激に「反応」しないようにすべき』みたいな警鐘に、 逆に、『「反応」し過ぎないようにする』ことが出来るようになるかもしれない。 まだまだ「道」を定めるには早過ぎるが、 少しずつ、自分らしく、生きていくための字固めを始めている気がする。 【抜粋】 ● 勘違いされやすいのですが、反応しないことは、無理してガマンすることや、無視すること、無関心でいることではありません。悩みを増やしてしまうようなムダな反応を〝最初からしない〟こと。怒りや、不安や、「どうせ自分なんて」と暗い気分が出てきたら、すばやくリセット・解消することです。 ● ブッダの教えとは「心のムダな反応を止めることで、いっさいの悩み・苦しみを抜ける方法」のことです。その内容は大きく二つ──①心の反応を見ること、②合理的に考えること。 ● 漠然とした満たされなさ、「このままでいいのだろうか」という思いはあっても、「悩みの正体」がわからないから、なかなか解決できません。仕事でも、家族の中でも、くやしさや、怒りや、失望、落ち込み、不安といった思いを抱えても、解決できる「考え方」を知らないから、いつまでも満たされなさは続きます。 ● ブッダの考え方は、私たちが日頃抱えている「悩み」を「理解する」ことから始まります。①「悩みがある」②「悩みには理由がある」③「悩みには解決策がある」と、順を追って「理解」していくことで、どんな悩みも確実に解決できるというのが、ブッダの合理的な考え方です。 ● 「ある」ものは「ある」と、まず理解すること。わたしには満たされなさ・未解決の悩みがある、と自覚すること。 解決への希望は、そこから始まります。 ● 〝求める心〟は、発生後〝七つの欲求〟に枝分かれします。現代心理学の知識を借りると、七つの欲求とは、①生存欲(生きたい)、②睡眠欲(眠りたい)、③食欲(食べたい)、④性欲(交わりたい)、⑤怠惰欲(ラクをしたい)、⑥感楽欲(音やビジュアルなど感覚の快楽を味わいたい)、そして、⑦承認欲(認められたい)です。 ● 現代の私たちにとって最も切実なテーマは〝承認欲〟──「認められたい(認めてほしい)」という欲求です。これは人間だけにある欲求で、動物にはないのだそうです。 ● こうした思いを作っているのは、「自分を認めてほしい」──注目してほしい・愛してほしい・評価してほしい──という承認欲です。この欲求で外の世界に反応すると、「周りは期待に応えてくれない人間ばかり」だから、不満や物足りなさを感じます。人間も世の中も「なっていない!」と憤慨したりします。 ● 「承認欲」は、人の目が気になってしまう性格や、嫉妬心、比較して優劣や勝ち負けにこだわってしまう心理など、さまざまな悩みの原因になっています。 「この反応の理由は承認欲だ」と理解しないと、つい反応して、人の目を気にして、嫉妬に駆られ、較べたり、競争したりして、舞い上がったり、落ち込んだりと、動揺しまくりの人生を繰り返すことになります。 ● 承認欲という「反応の原因」がわかれば、ずいぶんラクになります。「でも、あの人(家族・世間)に認められたところで、それが一体なんなのだ?」と、超クールに考えられるようにもなります(ほんとに、それが一体何だというのでしょう) ● もしあなたが、これ以上悩みを増やしたくない、充実感を大事にしたいと願うなら、テキトーな反応、妄想を減らすことです。そのために「カラダの感覚を意識する」ことを習慣にしてください。 ● 人は三つの執着によって苦しむ。①求めるものを得たいという執着(だがかなわない)。②手にしたものがいつまでも続くようにという執着(やがて必ず失われる)。③苦痛となっている物事をなくしたいという執着である(だが思い通りにはなくならない)。 では、これらの苦しみが止むとは、どういう状態なのだろうか。それは、苦しい現実そのものではなく、苦しみの原因である〝執着〟が完全に止んだ状態なのだ。 ● 仕事なら、「利益が上がる」「働きやすい環境につながる」「業務が円滑に進む」ような判断が、正しいことになります。大事なのは「役に立つか」という視点です。 ● 人間というのは、一部しか見ていない──そもそも立っている場所も、見ているものもまったく違う──にもかかわらず、すべてを理解した気になって、「自分は正しい」と思い込んでいる。 ● 正しく理解する者は、「自分が正しい」と思うこと(慢)がない。 … Continue reading 『反応してはならない』という警鐘に、逆に『反応し過ぎないように』

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マーケティングは期待され、愛され、求められるものでなければならない。~エピック・コンテンツマーケティング 顧客を呼び込む最強コンテンツの教科書~

    コンテンツマーケティング、インバウンドマーケティングを本格的に再始動させるために手にとった本。 思ったより重厚な内容。コンテンツマーケティングの基本が網羅されている。 実際に書かれているような内容を、「実行」することがいかに大変か、マーケティング担当者は辟易するだろう。このような基本知識を手に入れ、実際に、1つ1つ、実直に、行動を積み重ねることが出来る人財が、チームが、会社が、持続的な成功を手にしているのではないかと思う。 この知識を得た段階から、実行し、成果を叩き出すまでの間には、とんでもない距離が存在する。   【抜粋】 ●どうすれば少なくとも顧客にとって役に立つ存在になれるか──いまのところはその点を彼らに示すことにしている。理想を言えば、われわれはただ将来の顧客を教え導くだけではなく、彼らを楽しませたいと願っている ●顧客はあなたたちのことも、あなたたちの製品やサービスのことも気にかけてない。関心があるのは自分自身のことだけ ● コンテンツマーケティングの正式な定義。コンテンツマーケティングとは、有益で説得力のあるコンテンツを制作・配信することによって、明確に定義・認識されたターゲット・オーディエンスを引き寄せ、獲得し、エンゲージメントを作り出すためのマーケティングおよびビジネス手法を指す。その目的は、収益につながる顧客の行動の促進である ●コンテンツマーケティングは、有益な体験を作り出すことに主眼を置いた戦略だ。人類は、有益なコンテンツを共有することによって互いの役に立ち、コミュニティを豊かにし、リーダーを決めてきた。コンテンツこそが人々を結び付け、すぐさま共有され、そして何よりあなたの製品やサービスがかゆいところに手が届く、と顧客に気付かせることができる ●コンテンツマーケティング── 一般的な定義 コンテンツマーケティングとは、メディアを借りるのではなく、自前のメディアを持つことだ。継続的にコンテンツを制作あるいはキュレートすることで顧客を引き寄せ、引き留め、結果として消費者行動を変化・促進させるマーケティング手法を指す。顧客や潜在顧客の行動に変化をもたらす力を持たないかぎりはコンテンツは単なるコンテンツにすぎない。 ●マーケティングは期待され、愛され、求められるものでなければならない。それこそわれわれが生きる新しい世界 ● コンテンツマーケティング戦略はソーシャルメディア戦略の先を行くものだ──過去においても、現在でも、そしてこれからもずっと。 ● コンテンツマーケティングは目新しいものではない。ブランドは世紀を超えて壮大なストーリーを語ってきた。だが、それを正しく進めることがいまほど重要だったことはない。 ●Googleのアルゴリズム(Googleが検索エンジンランキングを決めるやり方のこと)の大規模な更新──ペンギンアップデートおよびパンダアップデートと呼ばれる更新──から見てとれるのは、同社がコンテンツシェアリングをいよいよ重視するようになっているということだ。コンテンツが信頼できるソースにシェアされていることが検索で見つけてもらうカギだ、とGoogleは告げているのだ。だから、いくら検索エンジンに見つけてもらいたいからといって、策を弄してシステムの裏をかくという手(いわゆるブラックハットSEO)はもはやほとんど通用しないのだ。確固たるコンテンツマーケティング戦略を持たないかぎりは。 ●ブランドが出版を行う場合(非メディア企業であるインテルやデュポンであれ、ローカルな冷暖房会社であれ)も、目指すところはメディア企業となんら変わりはない。オーディエンス──あなたのコンテンツを気に入って、購読を申し込む人々──を確保することだ。それが次の課題──そのターゲットからいかにして収益をあげるかを探る──へとつながっていく ●「今日成功するためには、コンテンツを用いてオーディエンスの関心を絶えず引くようにする必要がある──最初の出会いから、顧客の全生涯にわたって継続的に。要するに、マーケティングの仕事はもはや顧客を作り出すことではなく、(ピーター・ドラッカーの言葉を言い換えるなら)われわれのブランドのファンを作り出すことなのだ ●顧客は一日に5,000を超えるマーケティングメッセージにさらされている。あなたのメッセージは突破口を開き、インパクトをあたえている ● 非メディア企業の場合、コンテンツ制作はコンテンツそのものから利益を得るためにではなく、顧客を引き付け、引き留める──そしてもっと売れるようにする、あるいはもっと売るための機会を増やす──ためになされる。コンテンツは企業をサポートするが、ビジネスモデルではない。つまり、非メディア企業では、コンテンツから直接に収益をあげることを求められていない。 ●好むと好まざるとにかかわらず、今日では誰もがメディア企業なのである。自らのオーディエンスと直接対話する機会は平等にあたえられている。その特権をどう利用するのか、選択しだいで結果は大きく異なってくる ●多くの出版社が「購読料」という形で読者から直接収入を得ているが、ほとんどのメディア企業は広告やスポンサーシップに依存している。彼らは2種類の主人──読者と金づる──に仕えていて、時折(近頃ではしばしば)コンテンツが犠牲になる。 それに引き換え、ブランドは2種類のオーディエンスと向き合う必要がない。読者とお金の源はまったく一緒だからだ。もしすばらしい、最高なコンテンツを絶え間なく、長いあいだ供給しつづけたなら、彼らはきっと新しい顧客、あるいはリピーターとなってその努力に報いてくれるだろう ● コンテンツ作りのビジネスモデルはメディア企業でも非メディア企業でもほとんど同じ。どのようにお金が入ってくるかだけが違う。その点では非メディア企業のほうが有利 ●経費と投資対効果(ROI)、あるいは、目標対効果(ROO) ●「どなたにも合います」的なセールスコピーではなく、顧客にとって関連性の高いコンテンツで関心を引くこと。 ●モノローグではなく、双方向の対話である(顧客に向かって叫ぶのではなく、語りかける)。 ●コンテンツは人材獲得にとっても有益 競争の激しい業界では、優秀な人材を獲得することは優先事項の最たるものである。人事部と連携すること。会社が新メンバーを迎えたら、その新人が入社を決意した理由をシェアするよう人事担当者に働きかけてもらうのだ。そしてその情報を社内の各チームで共有する。コンテンツ作りの努力が人材獲得に影響を及ぼしていることが証明できればあなたが、そしてコンテンツ作りの努力が会社にとって欠かせないものであることを示すことができる。 ●会社のことがマスコミに取り上げられると職場の雰囲気が明るくなる。うちの従業員にはその雑誌の読者が多いとわかっているしね」と言ったんだ。このときの教訓がわたしには忘れられない。そして、コンテンツマーケティングはこれとまったく同じ成果をあげるのに役立つ。 ●コンテンツは信頼を育む 。雑誌ファストカンパニーに掲載された記事の中で、マーケティング界のリーダーであるドン・ペパーズは、競争優位のカギとなるのは「積極的に信頼できる存在であろうとすること」と説得力を持って論じている。 ●コンテンツマーケティングにおける価値の移動が、従来型マーケターのモデルとは逆に、組織から個人へという方向となる理由もまさにそこにある。言い換えると、信頼がゴールであるなら、企業は「売り込まないことで売る」よう努めるべきなのである。 ●マーケターはコンテンツマーケティングを考えすぎるところがあると言っていたと聞いたことがあります。複雑な計画を山ほど立てるよりも、とりあえずスタートさせて、やりながらコツをつかんでいくべき。 ●生きていくうえでもっとも必要なことは共感することではないでしょうか。単なる「プール屋さん」だった頃、わたしが顧客の家のドアをノックすると、その家の奥さんが出てきてハグしてくれたものです。奥さんは数年来の知り合いのように呼びかけ、わたしの子供たちのことを尋ねてくれました。個人のストーリーを共有することで壁は取り払えるものです。わたしたちは、マーケターとしてソーシャルメディアの話をしますが、まだまだアンチソーシャルでいたいと思っています。事実、わたしはここにいます。テーブルの中央に置かれたポテトチップスそのもの。ソーシャルでいるためにここにいる ●どうすればあなた自身のストーリーを見つけられるか、エピック・コンテンツを開発するプロセスをどうすればより深く理解できるか、どうすればあなたの組織をコンテンツマーケティング・ファクトリーに変えて、適切な顧客を魅了できるかに焦点を当てている ●自分らしさを表明すること コンテンツマーケティング戦略とそのプランはビジネスの目的とオーディエンスの情報ニーズを結び付けるときに自分らしさを示す必要がある。 ●顧客はもはや製品やサービスは買わない。「抱えている問題の解決法を買う」のである。だから、ザッポスのような企業は、とても差別化されている ●ストーリーテラー戦略は、コンテンツのオーディエンスを教育し、楽しませ、興味を引き、さらに衝撃をあたえる。なぜならストーリーテラーのコンテンツは、製品やサービスの説明をはるかに超えて、なぜその組織が存在しているのかというところまで行きつく ● ストーリーテラー戦略は、顧客以外の人々に興奮と興味を抱かせ、既存顧客からエバンジェリストを生み出し、そしてあらゆる方法でブランドとオーディエンスがエンゲージするために注力する ●数多くのストーリーテラー戦略が存在するが、おそらくコカ・コーラの戦略は、ベストであろう。コカ・コーラは、必ず「ハピネスを広める」という目標を掲げてストーリーを制作している ● あなたはどの位置にいたいのかを考えることが重要である。エピックなコンテンツの制作を通じて見つけてもらい、需要を満たす戦略であるコンテンツ認知のステージで十分な場合もある。しかし実質の収益の機会と成長は、ストーリーテラーのステージにあるため、全企業がその達成に努めるべき ● 自分のことばかり話している──覚えておこう。顧客はあなたのことなど気にしていない。よくそのことを忘れて、どれだけ自分の製品がすばらしいかを説明してしまうのだが、誰も気にはしていない。あなた自身のことや製品のことを語れば語るほど、コンテンツは広まらず誰も引き付けない。 … Continue reading マーケティングは期待され、愛され、求められるものでなければならない。~エピック・コンテンツマーケティング 顧客を呼び込む最強コンテンツの教科書~

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マーケティングの歴史を知る~全史×成功事例で読む「マーケティング」大全 ~

  マーケティングに注力するために、マーケ関連の書籍を乱読中。 複数の知識を出来る限り体系的に整理したい時に使える本。 顧客獲得から顧客維持を含め、顧客創造の歴史が網羅されている。 今、自分が必要としている知識は何か、 今、最も投資対効果の高い、自分の扱う製品、サービスに活用可能な知識は何か、 断片的な情報の整理整頓に役に立ったように思う。   【抜粋】 ●社員満足度(ES)を高めると顧客満足度(CS)も向上し、企業の利益と企業価値の最大化につながるという因果関係を、次の7つにまとめている。 ①社内サービスの質が高ければ、社員満足度は高まる ②社員満足度が高ければ、高い従業員ロイヤリティが生まれる ③社員のロイヤリティが高まると、社員の生産性が高まる ④社員の生産性が高まると、サービスの価値が高まる ⑤サービス価値が高まると、顧客満足度が高まる ⑥顧客満足度が高まると、顧客のロイヤリティが高まる ⑦顧客のロイヤリティが高まると、企業の業績向上につながる ●顧客のロイヤリティが高まると、企業の業績向上につながる理由として、 ・リピート顧客が増加する ・自社にある他のサービスも利用してくれるようになり、1人当たり購買単価が上がる ・良いクチコミが広がり、集客効果が高まる ・値下げを要求されることが減り、高価格を受け入れてもらえる ・サービスをさらに高度化するために必要な顧客からのフィードバックが得られる ●オンラインでオークションを行う場合、知らない人間が相手を信用して取引をするのは難しい。そのため、まずはネット上でユーザー同士が信頼関係を築ける場になるように努め、イーベイを巨大なコミュニティに育成していく。イーベイ自身、同社の利用者を「コミュニティ(Community)」と呼び、「私たちを利用してくれるユーザーのコミュニティは、インターネット上で世界最大で、最もロイヤリティが高いオンライン・コマースのコミュニティの1つだ(Our community of users is the largest and one of the most loyal online commerce communities on the Internet)」としている。 ●「オンラインの顧客を購入に至るまで誘導するプロセスをB2C(B2B)にならって、O2O(=Online to Offline、オンライン・ツー・オフライン)と呼びたい」と話したのが始まりだとされる ●初心者や表層的な分析しか行わない人と、マーケティングのプロとの差は、「それでどうなるのか?」という視点の有無にある。独自のマーケティング発想をしたいなら、「それでどうなるのか?」を突き詰めていくことだ ●プロやベテランのマーケターの場合、「高齢化」という言葉に対して、「高齢化が進むとどうなるのか?」「現在生じている問題が続くと、将来はどうなるのか?」という視点を加味して分析し、課題や仮説を導き、「高齢化」→将来年金支給額が減少する→そうなれば、65歳以降も働く必要が出てくる→だとすれば、1つの仕事だけで一生を終えるには長すぎる人生になる→その一方、少子化の影響で高齢者の雇用が必要になる企業が増える→年金の支給額が減らされない範囲で、働きたい人も増える→企業には、熟練した人材を安く雇用できる環境が生まれる→高齢者の教育機関や働く仕組みがよりいっそう必要になる。 ●ビジネスで成功を収めるには、誰も考えつかなかった発想起点に立ち、仮説を導き出したうえで、理論や手法を駆使して環境分析と戦略立案を行い、新たに考え出した市場で勝負することだ。そこで重要になるのは、分析と発想のフレームワークを、そのつど別の視点や角度から分析し、フレームそのものも変えてみることに尽きる。 ●STPとは、セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングだ。①市場を細分化(セグメンテーション)し、②市場(重点顧客層の場合もある)を特定(ターゲティング)して、③特定した市場(重点顧客層の場合もある)に対して競争優位性を確立(ポジショニング ●B2B市場には、大企業が参入してこない独自の市場が存在する。大企業が参入してこない市場に着目して市場を創造し、その市場で独占的地位を獲得している企業が、B2B市場には結構存在する。 ●日本の世帯平均所得金額は549万6000円、中央値では438万円、総世帯数は5195万504世帯(そのうち単独世帯は1678万5000世帯)となっている。 ①高所得者、1000万円を超える年収がある層で、上位11・3%が該当し、世帯数は約587万世帯。 ②平均所得以上の収入がある層、年収500万円以上1000万円未満の層は31・1%で、世帯数は約1616万世帯。 ③平均収入に届かない層、年収で200万円以上500万円未満の層は37・4%で、世帯数は約1943万世帯。 ④低所得者、年収が200万円未満の層は19・9%で、世帯数は約1034万世帯。 … Continue reading マーケティングの歴史を知る~全史×成功事例で読む「マーケティング」大全 ~

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「つながりたい」という欲求を満たすネットコミュニティ、その設計術

    コミュニティ運営者、コミュニティ事業者として、 これから自社のサービスを、どのように盛り上げていこうか、 考えあぐねていたところに出会った書籍。 なんとなく、頭のなかに、こうしていきたい、というようなものがあっても、 それを言語化して、チームのメンバーに共有して、合意して、 1歩1歩着実に、その理想形に近づけていくという作業は、 思いの外、簡単なことじゃなくて、強い信念や根気がいることだと思う。 頭では何となく分かっていながら、 日々の仕事に忙殺されているだけの運営者と、 全方位から、サービスをより良くするために日々過ごしている運営者とは、 とんでもなく大きな差があるということを改めて痛感している。 共に働く仲間(同僚)にとっても、 サービスを使ってくれている仲間(お客様)にとっても、 心の底からハッピーになっていくことに貢献できている状態を創りたい。 【抜粋】 ・「コミュニティが流行る」要因は複合的なものである。快適に楽しくコミュニケーションができる機能の豊富さや、使いやすいインターフェースといった「ハード」面も重要であるし、運営者のおもてなしや雰囲気作り、コンテンツの編集などの「ソフト」面も重要である ・時代の流れを捉え、サービスの企画・開発期から、立ち上げ期の盛り上げ、その後の成長期へと、それぞれの時期に必要な力を発揮できたサービスだけが生き残り、発展をし続けている ・新しいコミュニティを使い始める際のユーザーの心境は、恋をしはじめた状態に近い、という前提に立ち、どうすればその関係が長く続くか、について考える ・居場所を求める人たちと初期のインターネット。インターネットコミュニティは、具体的にどのような人々に利用されてきたのだろうか。日本のネットコミュニティを最初に使いはじめた人の中でも、とりわけ積極的に利用していた人の多くは、リアル社会になかなか居場所が見つからない人たちだったのではないだろうか。自分が属しているコミュニティに満足している場合、人はなかなか別のコミュニティにまで手を出さない。例えばどうも社会に馴染めない、自分の居場所がない、と感じる人が、新しい帰属先を求めて別の場所に移動する ・そもそもコミュニティとは何だろうか。なぜ人は、コミュニティを必要とするのだろうか。  人は「他人とつながりたい」という欲求をもっており、この欲求によってコミュニティが生まれていると考えられる ・人が他人とのつながりを求めずに、ひとりで完結して生きていくことができる生物であれば、コミュニティが形成されることはないだろう。地球には実際にそのような生物も存在するだろうが、少なくとも人の場合は、多少の濃淡はあれども、誰もが何らかのコミュニティには属しているものである。「他人とつながりたい」という欲求は、かなり強い欲求であるといえるだろう ・核家族化が進み、隣人との関わり、地域との関わりが薄れていった。都市に生活する日本人は、自宅と職場を往復することが生活時間の大半を占めるようになり、家族と同僚以外のコミュニティへの関わりが相対的に少なくなっていった時代だったといえるだろう ・インターネットコミュニティは、自宅と職場の隙間を埋める存在として役割を果たしてきた ・電車に乗って眺めると、スマホに向かっている人のなんと多いことか。最近、女子高生のスマホ平均利用時間が1日7時間に達している、という驚くべき調査結果が発表され、話題になった。1日の3分の1近くを、小さな画面を覗いて、主にその場所にはいない人とのやりとりに費やしているのである ・ネットコミュニティは、それが立ち上がり参加する人が増えるとともに関わる楽しみが増す段階、そのコミュニティに常連がつくようになり、個別に仲良くなる「社交」が生まれる段階、参加者並びにその活動がピークを迎え、参加者に派閥ができたりして、参加者間の揉め事も増える段階を経て、常連が幅を利かせて息苦しさが増したり、人間関係の煮詰まりにより中心人物が離脱するなどしてコミュニティが停滞する段階を迎えることが多い ・ネットコミュニティの管理者、モデレーターには、「常連」を適切に遇しながらも、新規の参加者にとって居心地が良い状態を作るといった、「常連」が新規参加者にとっての障壁にならないようにする運営能力が求められる ・2015年のはじめ、テキサス大学に通う19歳の「本物のティーンエイジャー」が書いたソーシャルメディアについての見解、特にフェイスブックについての「自分たちの間では終わったも同然。中学の頃はクールだったから熱中したけれど、今では出なきゃいけない気まずい家族のディナーパーティみたいなもの」というコメント「若年層のフェイスブック離れ」の代表的な意見として話題になった ・コミュニティサイトの成功を考える場合に、最も役に立つのが「恋愛術」である。コミュニティサービスとユーザーの関係は、恋人同士の関係と似ているためだ。相手(ユーザー)をどれだけ自分(コミュニティサービス)に夢中にさせる ・匿名性  社会的な属性、個人情報などを隠して活動ができる。 ・反応性  情報や質問を書き込んだことに対するリアクションが速い。 ・平等性  サービス利用者は平等である。平等性が保障されているため、いろいろなユーザーが集まり、多様性が生まれる。 ・正確性  集合知により、誤った知識や情報はユーザーの手によって排除され、修正される。 ・感情性  匿名性の高いユーザーはもちろん、記名のユーザーも本音、もしくはそれに近い感情が出やすい ・人間は社会的な生き物なので、他人の反応に弱い生き物である。やはり自分が書いた文章に対して「読んだ人はどう思うのか?」が気になる。その点2ちゃんねるは、早朝だろうが深夜だろうが、誰かしらが閲覧・書き込みをしているので、自分の投稿に対するリアクションがとても速い ・「自分の投稿に対するレスポンスの速さ・多さ」はとても重要だ。賛成であれ反対であれ、自分の書き込みが「承認される」ことは快感なのだ。この承認が間違った方向に発展したのが、ネット上で噓を書いて反応を喜ぶ「釣り師」の連中だ。また、ネット上で偏った意見を熱心に投稿する連中も、自分の書き込みに対して「反応」を求めている、寂しがり屋だ ・「反応を書き込むことで、ユーザーに良いことがある(例えばサービスポイントの付与、ユーザーのランクアップなど)」 「反応を多く得ることで、書き込む人にさらなるメリットを生む」 「リアクションを書きやすい表示・デザイン」 「プログラムで自動的に反応を行う」 といった、工夫が必要である ・恋愛もコミュニティサービスも「求めよさらば与えられん」ではなく、「与えよさらば与えられん」の世界だ ・なぜ、はてながこれほどまでに熱心な(時には気持ち悪いといわれるほど)ファンが多いのか? それは先程の恋のエピソードのように、運営側がユーザーに対して情熱をもって接しているからだ。そして、多くのサービスを横断的に使えるため、ユーザーをより活発化させる。具体的には、「はてなアンテナ」で見つけた情報を、「はてなブログ」で公開。それを見た他のユーザーが、「はてなスター」と「はてなブックマーク」をつける。公開されたはてなブックマークでより多くの人が見るきっかけを与え、ますます閲覧数が増えていく……。はてなが提供するサービスを円環し、人をどんどん呼び込んでいくシステムができあがっている ・「書き込みに対する反応」がわかりやすいシステムになっているので、自分の書いたエントリー、もしくは気になるページの更新情報を頻繁にチェックしてしまう。2ちゃんねるでも「書き込んだ後の反応」が気になって、何度もリロードしているユーザーは少なくない ・多くの人間は、「第三者の反応」が本能的に気になるので、スターやブックマークなどで可視化させるはてなは、この「気になる欲求」を満たすサービスを提供しているといえよう ・定期的なサプライズ  マンネリとは「予測外のことが起こらない」ことだ。良くいえば安心感、悪くいえばツマラナイ感だ。これを打ち破るのに効果的なのが「サプライズ」だ … Continue reading 「つながりたい」という欲求を満たすネットコミュニティ、その設計術

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「夜と霧(ヴィクトール・E・フランクル)」を読んで

感銘を受ける記述、表現は山ほどあったけど、今の自分に最も刺さった言葉。 >自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、生きることから降りられない。まさに、自分が「なぜ」存在するかを知っているので、ほとんどあらゆる「どのように」にも耐えられるのだ。 Buchenwald Hinzert/Photo By Wikipedia

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「みんなにいい顔はできない」、平ったく言えばそういうことになる。

  ❝店を経営しているときも、だいたい同じような方針でやっていた。店にはたくさんの客がやってくる。その十人に一人が「なかなか良い店だな。気に入った。また来よう」と思ってくれればそれでいい。十人のうちの一人がリピーターになってくれれば、経営は成り立っていく。逆に言えば、十人のうちの九人に気に入ってもらえなくても、べつにかまわないわけだ。そう考えると気が楽になる。しかしその「一人」には確実に、とことん気に入ってもらう必要がある。そしてそのためには経営者は、明確な姿勢と哲学のようなものを旗じるしとして掲げ、それを辛抱強く、風雨に耐えて維持していかなくてはならない。それが店の経営から身をもって学んだことだった。❞ 村上春樹~走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)~   まさか「走ることについて」語られる文脈から、今、僕が抱えている根本的課題に対する解決策を明示してくれるなんて想像だにしていなかった。 うまく表現することが出来ずにいた、この教訓を、改めて重要な方針に掲げ、事業を育てていかなければならないと背筋が伸びた。 色々なところで語られている100人の熱狂的ファンを創ること。     ❝Gustaf氏は、Gmailを作ったPaul Buchheit氏の言葉を引用して、100人のユーザーに愛されない、リテンションが十分でないプロダクトにはGrowth Hackを実行しても仕方がないと語った。 “100 happy users” – Paul Buchheit, Creator of Gmal. まずはいいプロダクトを作り、プロダクトを使っている人で幸せだと感じている人を追っていくことでなぜプロダクトを使っていて幸せなのか、どうして使ってくれているのかを分析すること。❞ まずは100人のユーザーに愛されることーーAirbnbのグロース担当が語るプロダクトの開発と成長 #on_lab     新規事業立ち上げ時、自分自身が、現場で、最前線で、当たり前にやっていたであろうことが、今、それが現場で当たり前になっていないということを、なんとなく分かりながら、それを解決するための術を、うまく示せないまま、過ごして来た。 表現そのものが極端に聴こえるため、誤解も招きかねないが、「このお客様には絶対に愛されるんだ!」とチームで合意し、追求することが出来れば、最終的に、どっちつかずの中途半端なサービスを生み出す可能性を下げるのではないか、と確信している。 みんなには良い顔が出来ないが、このお客様にだけは、とことん気に入られてみせる!という気概をもって、改めて、サービスに従事していきたい。      

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ドラマチックに仕事する

    久し振りに、三枝匡さん著「V字回復の経営」を拝読した。 おかげさまで、 改めて、会社、仕事に対して、自分次第で、 とんでもなくドラマチックなものになるな、と感動することが出来た。 基本的に、精神エネルギーは 非常に高い状態を維持していると自負しているけど、 今日は、いつも以上に、気力が滾(たぎ)っている。 さて、今まで以上に、 「Always by myself」の精神で、鼻息荒く走っていったるか。   『成功は、成功要因を一つひとつ着実に押さえ、 きちんと積み上げていくことによって呼び込まれてくる。 積み木細工と同じである。その押さえや積み上げを甘くすれば、 積み木は崩れ、改革は成功への道からはずれる。』 By Tadashi Saegusa Photo by Bricked/mcamcamca    

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【書評】なぜかすべてうまくいく1%の人だけが実践している45の習慣、井上裕之

      ===================== 【本の概要】 ===================== <><><><><><><><><><><> ターゲット候補 <><><><><><><><><><><> ・理想は高いが、今の自分に満足できていない人 ・頑張っているのにうまくいかないと思っている人 ・「習慣」に興味のある人 <><><><><><><><><><><> 特徴、内容 <><><><><><><><><><><> ・うまくいっている1%の人と、うまくいっていない99%の人という対比構造を用いることで、  自分自身や周囲の人が、どちらかに属しているかをイメージしやすくしている ・結果、似たような自己啓発本、習慣系の本よりも、半歩、具体的に行動をイメージさせてくれる <><><><><><><><><><><> 感想 <><><><><><><><><><><> この手の本を求めている人達の多くは、自分を変えようとしていて、 自分を変える、自分をより良くさせる「契機」を探し続けていると思う だから、その「機会」となれるかどうかが、この手の本の価値となるわけで、 そのための工夫として、実際に書かれている内容を、アクションさせられるかどうかが、肝要だろう 特徴となる99%と1%という比較、 すなわち、100人いれば、99人は習慣化しておらず、もしくは、出来ず、 たったの1人だけが習慣化していること、 つまり、それだけ難易度が高いことだと認識した上で、 素直に、習慣化できるようになるかどうか、続けられるかどうかに拘るしかない。 ===================== ポイント  -気になったフレーズ ===================== TIME MANAGEMENT-10 うまくいっている1%の人は、 「いま最優先すべきこと」が常に明確 うまくいっていない99%の人は、 あれもこれもやろうとしてストレスを抱えている →「最優先事項」に集中して時間を使う やりたいこと、やらなければならないことは、今だって無数にある そして、これからも、いつだって、増え続ける この当たり前の原理を、意識し、 「最優先事項」を明確にし、実行できるかどうかは、個人、法人に関わらず、 非常に重要な習慣であることは、至るところで学んできてが、実際には、まだまだ振り回されている。 今まで以上に、どのようにすれば、 優先しているものをにフォーカス出来るか、 向き合っていかなければならない。 TIME MANAGEMENT-13 うまくいっている1%の人は、 スケジューリングは”好い加減”に うまくいっていない99%の人は、 時間管理意識が過剰(または過小) … Continue reading 【書評】なぜかすべてうまくいく1%の人だけが実践している45の習慣、井上裕之

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バカな奴は単純なことを複雑に考える。

    2014年、 徹底的に強化しようと思っている領域を、 「マーケティング」と定め、 集中学習を始めている。 今日は、スクーの授業で、 「WEBマーケティングを事例で習得 – schooのユーザーを5倍にしよう!」を受講。 さらに、この授業で紹介されていて本を早速購入。 ここ最近、 勉強方法に対する変化を自覚している。 言葉にしてしまうと、 とても陳腐なものになってしまうのだが、 アウトプットを前提にして、 色々な物事を吸収している。 必要に迫られれば、 それだけインプットの質も上がってくる、 とは言ったものだが、 今までだって、学習の必要性に迫られていたし、 人一倍インプットに時間をかけてきたはずだった。 この違和感の正体を突き止めることが出来れば、 もっと効果的な学習体験を、 手に入れることが出来ることになると思う。 賢い奴に憧れるバカな僕は、 シンプルに考えることを追求し続けていく。 バカな奴は単純なことを複雑に考える。 普通の奴は複雑なことを複雑に考える。 賢い奴は複雑なことを単純に考える。 稲盛和夫(京セラ創業者)    

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【書評】世界のエリートはなぜ、この基本を大事にするのか?

    『基本に忠実に。』という言葉、 今までの人生で、いったい何度、耳にしたことだろうか。 ビジネスにおける『基本』とは、いったい何だろうか。 この地球上で、 最も優秀な部類の人達に囲まれてきた筆者は、 『基本』を大切にすることが、共通点があると断言する。 世界最強の投資銀行=ゴールドマン・サックス。 世界最高のコンサルティングファーム=マッキンゼー・アンド・カンパニー。 世界最上のビジネスの士官学校=ハーバード・ビジネス・スクール。 これらのレベルで「優秀」と評されるグローバルエリートには共通点がある。 それは、一つひとつの「基本」を大切にすることだ。 ★引き受けた仕事は、その場で5分間だけすぐやる ★ホウレンソウは仮説を入れて、念押し型で行う ★大教室でも学生一人ひとりの名前と背景を覚える さて、本書に書かれている『基本』を、 一般的な人は、どれくらい出来ているのだろうか、と考えてみた。 すぐに思い浮かんだのは、 こういうことが出来ているほど、結果を出している人だということだった。 それが一番難しいのではないか?と言われそうなものだが、 これが大事なことだ!と言われているようなことを、 しっかりと実践している人、しかも実践し続けている人が、 平均以上の成果を出していることが多いと言える。 ここではグローバルエリートが大事にしている基本、 という内容で語られているわけだが、 逆に言えば、基本的なことを馬鹿にせず学び、実践し、続けている人が、 エリートになっているという見方も出来る。 かくいう自分は、この手の本、 いわゆる「出来る人の数十原則」的な本は、 何十冊も読み漁ってきた。 そこそこに実践してきたと思うし、そこそこに実践し続けてきたものもある。 ただし、「そこそこ」にである。 ある日、ある時点では、 とてつもなく鼓舞され、即時、実践し、習慣化されているものが、 いつの間にやら、意識せずに、 習慣の輪の中から消え去っていることが多々ある。 本当に自分が平均以上の成果を出したいなら、 これらの「基本」と呼ばれているようなものを徹底的に実践し続けるべきだ。 「そこそこ」にではなく、「徹底的」にである。 そして、このような課題、 すなわち、続けられないという課題に関する本も、かなり読み込んできた。 最近でこそ、小さな成功体験を我がものとして、「続ける」ことが得意になってきたと感じることが増えてきた。 思い立ったが吉日と信じ、 1つ1つ丁寧に実践し続けていきたいと思う。 世界のエリートはなぜ、「この基本」を大事にするのか? [単行本] 戸塚隆将 (著)      

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一歩踏み出す、たたみ込む

    普通じゃない成果を出すためには、 普通じゃない事をやり続けなきゃいけない というエントリーで、 「やり続ける」ことの重要性について、気付きを書き残した とっても似ている構造が、 とある本に書いてあったことを思い出した 子供向けに書かれた本だけど、 ビジネスマンの僕たちにも、すっごく心に刺さることばかり書かれている。 その中で、こんな一節が出てくる。 「一歩踏み出す、たたみ込む」 要するに、 すごい成果を生んでいる人と、そうじゃない人の差は、 日常の些細な習慣によって、とんでもない違いを生み出してる、という話。 ====================== ここで書かれている構造は、4つ 1、まず「思う!」 2、そして「必ずやる」 3、しかも「すぐやる」 4、さらに「ちゃんとやる」 これを定量化してみると、 Aさんが、1週間に1回「思う!」のに対し、Bさんは1日に3回「思う!」 そのうちAさんが行動に移すのが20回に1回に対して、Bさんは10回中9回 そして、Aさんが仮に行動したとしても、「こんなものでいいかな」と適当だが、 Bさんは、「納得がいく形」になるまでやるため、その質は、10倍も20倍も高くなる で、結果、1年という期間で、回数に表すと、 Aさんと、Bさんでは、1年当たりに行動する回数は、983回も違ってくる その上、やる質の高さが10倍~20倍も違えば、大きな差が出るのは当たり前 つまり、これは才能ではなく、習慣の問題である、と書かれている ====================== すぐにイメージが出来る、 この習慣を積み重ね続けた有名人に、イチローさんがいる まさに、この積み重ねを、本当に幼いころから続けてきたのだろう そして、この習慣は、個人に対してのみ言えることではないな、と、 とんでもない成果を出している会社は、法人は、 まさに、この習慣が、文化が、構造的に染み付いているのではないか、と思う。 思い立ったが吉日。 やったります。 Aさんの場合 1、まず「思う!」→1週間に1回(年間52回) 2、そして「必ずやる」→20回に1回(5%) 3、しかも「すぐやる」→1週間、数か月 4、さらに「ちゃんとやる」→こんなものでいいかな Bさんの場合 1、まず「思う!」→1日に3回(年間1095回) 2、そして「必ずやる」→10回に9回(90%) 3、しかも「すぐやる」→0.0001秒 4、さらに「ちゃんとやる」→職人のように毎回納得がいく形で

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意志の力に頼らず、習慣化することに拘る

    記憶に新しい、 「意思力の科学」という授業で有名になった、 ケリー・マクゴニガルさんの本に、 以下のような事が大事であると述べられている。 ====================== 「やるべきことは分かっているのに、どうしても続かない。」 誰にでも、何回も、 同じ経験をしているのに、同じことを繰り返してしまう。 アメリカの心理学会によると、 目標を達成できない最大の要因は 「意思力の弱さ」であるというようなデータがあるとのこと。 ====================== つまり、 多くの人が問題を認識していながらも、行動できない。 それほどまでに、悪い習慣は体に染みついている。 当然ながら無意識のうちに行われる悪い習慣は、 意識しなければ治らない。 いや、最初は、強く意識していても、 どうにもこうにも、長く続かない。 僕にも、何度も経験がある。 意志の力に頼り過ぎると、途中で頓挫することがある。 「すごい会議」を契機に、 こんな当たり前のことに立ち向かっている。 意志の力に依存し過ぎると、 「やり続ける」ことが難しくなるということを思い知った。 だからこそ、すごい会議で教えられたように、 チームで、切磋琢磨しながら、 成果を出すような環境を創り続けたいと思った。 自分主体で、設定した目標を押しつけたところで、 より良い成果を生み出すことは出来ない。 原理原則に基づき、 しっかりと、1名1名が当事者になるような環境を創って、 圧倒的な成果を出せるような習慣を創りたい。 自分の強い意志に依存せず、 自然と、無意識的に、出来てしまうような状態を創りたい。 より良いものを法人の習慣として、 懸命に働く仲間たちが、 心の底から満たされるような状態を創りたい。 頑張ろう。

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「フラット化する世界」と希望

    ずっと気になっていて、なかなか読めずにいた本 「フラット化する世界」 この本の初版は、2005年。 すでに7年以上が経過し、ここに書かれている内容はかなり現実化していて、現在のグローバル化で起こっている現象を理解する上で、かなり参考になる。 100年、200年後から、 このフラット化、グローバル化という流れが、どれほど社会に大きな影響を与えることになったか考えてみると、そのスケール感に鳥肌が立つ。 いわゆる先進国と評される国家に生まれただけで、経済的アドバンテージを享受することが出来ていた時代が過去のものとなっていく大きな流れの中にいる。 抗うことのできぬ変化の中、物事をどのように捉え、立ち振るまうか、ここに「希望」の種がある。 概念は相対化し、揺らぎながら進化する。 変化することを恐れず、楽しむことが出来れば、一度きりの人生を、より積極的に、ハッピーに過ごしていけると信じてる。

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